第一章 新しい家族
郭は武に自分と同じように鍬を持たせ、荒れていた田畑を整備して種を植えた。草を引き、野菜の育成に応じた処理を教え、大切に育てた。収穫もみんなで行い、以前のキクのように市場へ出荷した。流石に郭は行けないので、村人に頼んだ。
また、漂流時の荷物の中に入っていたヒマワリとカボチャの種を植えたところ、見事に花が咲き大きなカボチャも出来た。しきりに感心する村人たちに、郭は種を分けてあげた。
もっと驚くこともあった。武が日に日に言葉を覚えていくのだ。読み書きは出来なくても、毎日学んでいった。一日中郭と居て、彼から言葉のシャワーを浴びていたためかもしれない。初めは真似事だったが、いつからかそこには意思が籠っていった。学校へも行くことが出来たが、武は嫌がった。郭と居ることを望んだのだ。
一番驚いたのは安治だろう。顔を出す毎に武の言葉が上達している。
「こりゃたまげた! 武。お利口さんじゃ。で、わしの名は?」
「やすじ、爺ちゃんです」
安治は涙を流し、嗚咽した。武は、山河、草木、野菜に薬草、そして言葉を覚え、一つの山を越えた。郭は大いに満足した。ここまで武が成長するとは思わなかったのだ。学校の勉強とは程遠い知識だが、生きていく役に立つ。キクも少しは楽になるはずだ。
来春には帰国しなければならない。ラジオで情報を得た郭は、いよいよ帰国の準備に入った。村の人々からの餞別や、安治を始めとするキクの親類からのお礼を受け、安治の仲間からエンジン付きの舟を譲り受け、年明けを待った。
武はこの二年半で立派になった。ハングル語まで覚えた。
「武君。よく勉強したね」
「郭さん。ありがとうございます。一つお願いがあります」
「何でしょうか?」
「韓国へ帰る日まで“父さん”と呼びたいです」
武は少し頬を染めていた。
「武君……。ありがとう。いいとも!」
武には短い間に多くの思い出が出来た。数えきれないほどの虫や草木の名前、食べていい物と悪い物、風向きと雲の様子で天気が知れること。そして、人と人は助け合うこと。武自身、人のためになれることを学んでいた。キクは涙を流した。あの子なりの精一杯の表現なんだと。
「さぁ武君。明日から少し早いが、冬の準備をするよ。いいね?」
「はい! 父さん」
武がにっこりした。