第一章 新しい家族

春にしては寒い朝。スズメの声で目が覚めた。武が手ぬぐいを差し出す。

「はい。顔を洗います。ありがとう」

味噌汁の良い匂いがする。

「起きられたか。よく眠れましたかの」

キクは昨日の装いより少し明るめの着物をまとい、使い込んだ割烹着を身につけていた。

「お陰さまで。ぐっすりです」

目の不自由なキクさんが作ってくれたのか、慣れたものだ。食事を済ませると、郭は言った。

「郭昌宇(カクチャンウー)と申します。お礼に何かさせて下さい。先は急ぎますが、私に出来ることがあれば何でもします」

「それなら郭さん。暫くこの家におってもらえませんかの? わしは一晩考えたんじゃ。大戦が終わったばかりで、なんやらバタバタしとるのが解る。村の若い者も戦争に取られて、戦争が終わってもまだ帰ってきていない。十軒もないこの村の村人は、老人か女子ばかりじゃ。わしがうまいこと言うて、騒ぎにならんようにするから案じてもらえんかの?」

庭先で強い風が吹いているのか、井戸のつるがヒューヒュー鳴っている。

「……」

「わしはこんな身体で、武もまだ小さい。でも何処へ行っても同じこと。帰りなさることは止めませんので、準備が出来るまでどうじゃろう?」

キクの言ったことが理解出来るのか、武は白い歯を出し、ニッと笑った。郭の顔を見て。

「ありがとうございます。本当に良いのでしょうか?」

「この世の中、何があるか分からん。わしもこんな調子で、この子のためにも、郭さんの許す時までで良いのですから」

「ではお世話になります」

食べられるし、帰国の準備もここで出来るではないか。何という幸運だろう。この二人のためになれば、と思った。