病院内の本音
その晩、風二は明美や彼女の上司である奥山看護部副部長、親しくしているリハビリテーション科の渡辺和広課長の4人でテーブルを囲んでいた。
先日、理事長室に呼ばれて突然の指名を受けた風二はそのあとすぐに看護部を訪ね、明美を通じて奥山を紹介してもらったのだ。
彼女は病院の看護師たちのなかではかなりの古株で、昔からの病院の噂話や人事、経営のことまで知っているということだった。
4人は最初に何気ない世間話などを交わしていたのだが、全員が同じ病院に勤めているということもあって、話はすぐに職場のことに移った。明美が無邪気に尋ねる。
「うちの病院ってまだまだこれからも大きくなっていくんですか? この間もネットニュースでこの県は回復期リハビリテーション病床が足りないという記事を読みました」
「規模についてならこれ以上大きくなることはないでしょうね。でも、地域医療のことを考えると、いまの病床をもっと回復期用に転換することもでてくるかな」
「ベテランの皆さんは、新しいことが始まると慣れるまで大変って、話されていることが多いですよね」
看護師のふたりがそんな話をしていると、理学療法士の渡辺がそれにうなずきながらいった。
「回復期リハビリテーション病床といえば、僕らが頑張らないといけないんだけど、なかなか新しい機器とか入らないんだよなぁ」
「機器で倹約した分でボーナスでも増えるとうれしいですけどね」
風二がそう切り返すと、渡辺は「それは大助かりだ、仕事のやる気も出るってもんだな」といって笑った。
奥山や明美もこれを聞きながら笑っていたのだが、奥山はふと笑いを収め複雑な表情で
「でも、こないだ渡辺さんもいっていたけど……仕事のことを考えると、お金よりも人が欲しいわよね。なんだかどこもバタバタで……今日だって仕事が終わらなくって集まるのが遅くなっちゃったし」
「病床700超えるんですから、看護師のみなさんは大変になってますよね」
風二がそういうと、明美が答える。
「それがたしかにベッドは多いけれど、どの患者さんも入院期間が長いとお馴染みさんになるから手間はかからなくなっていく……いまくらいの人数なら、このままでもやっていけないことはないかしら」
「でもうちは、やっぱりもっと人が欲しいかな」
渡辺がため息交じりにいう。
「やっぱり上の人らにはもうちょっと現場ってものをみてもらわないと……人も機器もいつまでも現状のままじゃムリだよな」
奥山はこれにうなずきながら、
「昔と比べるといろいろしみったれてる感じはあるかな。ハコ物を切り離して身軽になったっていっても、だんだん悪くなっていくみたい。昔のことを知ってるとね……若い子からお給料で不満が出てくることだってあるのに」
明美がそれを聞いて驚いたように「そうなんですか?」というと、奥山はうなずきながら答える。
「看護学校の友だちがほかの病院で働いているとかで……場所が違えば待遇が違うのは当然だけど、同じ仕事でもっといい給料をもらっている人がいると思えばね」
さらに渡辺が「けっこうほかの部署でも聞きますよ、そういう話」と自分が聞いたことを話していく。
残業や各種手当が十分ではない、憧れの仕事ではあったしやりがいも感じるけれど、待遇に納得できないという声が多く上がっているというのだ。
そうした話に、奥山は「無理もないね……」と応じる。
テーブルの上にわずかな沈黙が流れる……それを破ったのは明美だった。