寒川詣で

十数年前、鶴川に越してきた。最初のお正月、近所に住む義妹夫婦から「寒川神社に行きますが、ご一緒に如何ですか」と誘いを受けた。「一度も行ったことがないし、行ってみようか」と興味半分で寒川詣でをした。

その頃、寒川神社は古い木造で、参道の並木と大木の杜の中でしっとりと落ち着いていて「相模國一ノ宮」にふさわしい趣があった。

履物をぬいでビニールの袋へ入れて持ち、火鉢の置かれた座敷でお茶の接待を受けてからぞろぞろと神殿に渡り、畳の上にずらりと並んで御祓いを受けてお榊を捧げた後、御札やお守り、それに白い小瓶のお神酒などを頂いた。何もが物珍しく、境内の露店で甘酒を飲んだのだった。

私は特に信心深いわけではないが、観光などでお寺や神社へ行った時は、なんとなく習慣でお賽銭をあげ、手を合わせる。時に応じて「家内安全」「健康でありますように」「仕事がよくできますように」など、つぶやいている。

次の年もその次の年も誘われて「寒川詣で」をして、いつしか新年の行事になった。毎年、お正月になると「今年は何日に行きましょうか」と誘われると「今年は行きません」とも言えず「行きましょう」ということになる。

これはひとつの物見遊山であろうと思う。昔の「お伊勢参り」「日光見物」などに通じるモノかもしれない。信仰心や神頼みとはかかわりなく、神社にお参りして手を合わせると何となく気持ちが休まることは否めない。

と、いうわけで今年も一月二十日に「寒川詣で」をした。

早朝、義妹夫婦の車(いつも愛犬パトラも乗っている)の後に続いてのドライブである。中原街道は渋滞ぎみだったけれども、いつものように一時間半で寒川に着いた。車を停めるのは決まって神社の手前、田んぼを埋め立てて白い線が引かれているだけの駐車場である。入り口には、手ぬぐいを被ったおばさんが白い旗を持ってりんご箱に腰掛けている。車を見ると立ち上がり「五百円!」と手を差し出す。

パトラは車の中で留守番である。

今、寒川神社は実に立派な御社になっている。総檜造りなのだろうか、堂々たる構えである。

古いお宮に詣でたのは二、三回だったから、もう十年くらいになるのだろうか、ある年、目の前に現れた御社の変わり様に目を疑ったほどだった。神殿は以前の倍もあろうか、隣り合わせには社務所、これまた大きな建物ができていた。一年の間に完成したことは驚異だった。