理事長の思い

ここ数日、そんなことを考えながら上山へ通ってきていた柏原。

その日は木村院長と連れだって就任挨拶に回ったあと、病院へ戻ってきたところだった。帰りのクルマのなかでもプランのことを考えていた柏原は、しばらくは面談を繰り返す日々になるかもしれないなという気持ちだった。

木村や大村から聞いた何人かの職員の名前が印象に残っていたし、少なくとも、有能な人材を見抜く目には自信があるつもりだ。ただ、時間はかかるだろう……。

病院の正門前には数人の理事や副病院長、部長といった病院の幹部たちが待っていた。彼らの話を聞きつつ、すでに明かりのついた病院の姿を見上げるように歩いていた柏原は、ふと自分に向けられている視線を感じた。

その視線の出所へと目線を下ろすと、そこには30代なかば、働き盛りといった年ごろの男性職員がいる。彼は柏原と目が合った瞬間、ハッとしたような表情をみせてすぐに頭を下げ

「お疲れ様です」

と挨拶してすれ違っていった。周囲の幹部たちは会話を続けながら歩みを進めていたのだが、柏原はなぜかその男性が気にかかり、その姿がうす暗闇に紛れてみえなくなるまで目で追っていた。

「さっきの職員、名前はなんというんですか」

「さっきの……ああ、高井です、高井風二。新卒からずっとうちに勤めて、いまはたしか経営管理課にいるはずです」

「なるほど……」

その場では風二についての話はそれきりだった。そのまま集団は理事長室に移り、改めてその日の報告と翌日以降の動きについて話し合ったのだが、柏原の頭の隅には先ほどの風二の姿が引っかかっていた。

街灯の下に一瞬浮かび上がるようにみえたその顔……真面目そうで理知的、人当たりもよさそうだが、それでいて芯の強さを感じさせる……そんな人物にみえた。

話が終わったタイミングで、再度風二について聞くと、幹部のひとりがいぶかしげながらも答えてくれる。曰く、この病院の生え抜きで、勤続期間は13年ほど。

勤務態度は真面目で同僚からの信頼も厚く、上司との関係も良好だという。ただ、従来の経営方針に疑問があったのか、一時期は当時の上司のひとりと何度かもめていたこともあったそうだ。その話を聞いた瞬間、柏原は頭のなかにひらめくものを感じていた。

「明日の朝一番で彼をここに呼んでください」

「彼って……高井ですか?」

「はい。少し話をしたいんです」

「はぁ……分かりました、事務長に伝えておきます」

「よろしくお願いします」