真実
美紀は今まで二十六年間、子供は精子バンクに行って自分で選ぶ精子と自分の卵子を結合させるものという観念で生きてきた。母、民絵がそうやって美紀を授かったように。
この精子がどこから来たのか、そしてこの精子を作り出したその男の存在は、ちゃっかり否定してきた。そもそも、なぜ日本政府は種男などという男たちを存在させ、ある一定の数の女たちに貸し出しするなんてことを考えついたのだろうか。
ただ、精子だけストックしておけばそれで済む話ではないのか。男という存在を知ってしまう女もいれば、男なんて見たことも会ったこともない女もいる、そんな不均衡な世の中があと何年存続できるのか。
この女社会という試みは、宗教心の比較的薄い、楽観的な国民がそろう日本人だから始めることができたのではないか。そもそも日本は、単一民族国家といっても過言ではないくらいだ。
このような試みを一番先にできる国は日本を措いてなかっただろう。男の数は実際西暦二千百年には激減しており、その対策として始めた国家を挙げての精子バンクシステムは確かに他の国から見れば当たり前の処置として受け取られた。
その背後では、徹底した良質の種族保存対策、女性国家樹立に向けての大きな動きが着々と進められていった。西暦二千七十年に於いて既に、最も優れたビジネスマン・ビジネスウーマンというランキングの発表で、トップは全て女性という結果が出た。この結果発表は、二千十年の時点でも出されたらしいが、男たちによって暗黙のうちに抹消されたという。
男性の数が世界で激減しだすと巷から犯罪もその男の数に比例するように激減していった。ここに着目していた政府関係者たちは、こぞって、
「男なしでも種族保存していく方法」
を考案していた。当時の女性総理大臣であった三俣真理には、夫も息子もいた、その当時にしては貴重な人物だった。彼女の苦肉の策が現在の日本に大きな影響を及ぼしていると言えよう。まず第一に、息子が成人したときに、全く女を知らない、ただの精子を提供する男にはしたくなかった。そこで考えたのが、選び抜かれた女たちの中から抽選で息子と過ごすことのできる女を決めようというもの。
この選び抜かれた女というのがくせもので、彼女がこの当時総理大臣でなかったら、この日本にも、成績のふるわない者から優秀な者、運動能力の低い者から高い者、不美人から美人までよりどりみどりであったことだろう。
今現在辺りを見回して、見栄えの悪い女が存在するだろうか。病気を抱えた女が存在するだろうか。答えは、
「ノー」
であろう。頭の切れる美人、運動能力に優れた女だらけの日本。力仕事や人が嫌がる仕事は全てロボットがやってくれる。男なんていらないじゃないか。こんなに平和で何が悪い。