『軍事同盟』と『現場、現物、現実』

次の日から、彼ら長宗我部の人たちが噂でしか聞いたことがなかった鉄砲の撃ち方、鉄砲をどこで手に入れられるか、 また 道三様の戦い方や私が知っている兵法についての知識、近畿の状況など何でも教えました。私は嬉しかったのです。元親殿とは10歳ほど離れていましたが、このように親しくなれた男の友達は、今までいませんでした。初めて信頼できる友ができた気持ちでした。私が知っていることを全て伝えました。

元親殿のお父上の国親様からも、

「ぜひ、我々の仲間になって頂けないでしょうか?」

と誘われました。しかし、まだその当時の長宗我部氏は、土佐の一部の小領主にすぎなかったこともあり、

「今後日本中を旅し、色々と勉強する予定なので」とお断りしてしまいました。

土佐から出発する前の晩に、元親殿は、私と二人だけでの送別の宴を設けてくれました。静かな会でしたが、酒は大量に用意されていました。

「光秀殿、これからどうするつもりですか?」

「私は、見聞を広めるため日本各地、例えば西国では毛利や大内を回ってくる予定です。その後は、今川、武田や上杉にも行くつもりです」

「それは、以前にも聞きました。本当の目的は何でしょうか?」

「目先の目的は、家族と共に暮らせる基盤を作るため何処かの大名に仕官することです。今は、家族を親戚に預けています。男として情けない限りです。しかし、譲れないこととしては、私の理想に近い考えの人の下で働きたいと思っています」

「光秀殿であれば、どこでも仕官できるでしょうに。でも理想とは何ですか?」

「私の理想は、将軍家を中心とした秩序ある国を再構築することです。そのため、仕官した大名家と共に上洛し、将軍家をお守りし、その理想を実現したいと考えています」

「それでですか、それで分かりました。長宗我部家など弱小な地域領主では、光秀殿の理想を実現する力はありませんからね。だから、いくら『仲間になってください』とお願いしても、歯牙にも掛けてくれなかったのですね」

「そんなことはありません!(むむ! 私の本音を読まれている)特に、元親殿のことは、生まれて初めての本当の友達になれたと思っています!」

「そんなに向きにならなくでも大丈夫ですよ。私も光秀殿のことを親友と思っていますよ。しかし、私にも夢があります。光秀殿の理想に比べれば、小さなことです」

「どのような夢でしょうか?」

「長宗我部家としては先ずは土佐の統一を目指しています。将来の夢として、どの程度の時間が掛かるか分かりませんが、四国全土の統一です。四国を統一できた暁には、光秀殿の理想の実現に対し全面的に支援します」

「私も、将軍家の下で仕事ができた暁には、長宗我部元親殿の夢を実現させるための協力を惜しみません」

「では、同盟ですね。文書などない心と心の軍事同盟です。我々、二人であれば絶対に裏切りなどないですね」と元親殿と私は約束し、それから大騒ぎの宴会が始まりました。

一生のうちで、こんなに酒を飲んだことがありません。例によって相撲も取りました。私が負け、そのまま土の上で寝ました。酒をこんなに美味しく思ったことはなく、酒でこんなに楽しく良い気分になったことはなかったです。これが人生最初で最後の経験でした。友達とは本当に良いものです。

次の日の朝、元親殿は、二日酔いで寝ているとのことだったので、私はガンガンする頭でひっそりと土佐を離れました。前の晩の宴会が、元親殿と実際に会って話をした最後の機会となりました。

数年後、長宗我部元親殿の名前が天下に響き渡り始めます。その時私は、まだ放浪中で全く目が出ていませんでした。もし、元親殿のお誘いに乗り、私が長宗我部家に仕えていたらと思うと、勇敢で命知らずの一領具足軍団を基に、四国だけではなく西国全体に覇を唱えていたかもしれません。

しかし、ここで元親殿に会わなかったら、本能寺の変は起こらなかったと思います。後から思うと、長宗我部元親殿とは、本能寺に引き寄せられた不思議な縁だったような気がします。