斉藤道三様のお城に出仕し始めるのとほぼ同時に、お寺には行かなくなりました。

お城に行き始めてからも、普段は、明智の荘にいて農作業をしていました。お城では、武器の手入れや書類の整理を手伝っていました。お寺での修行のおかげで、人の顔色を見る達人にもなっていたため、強そうな人の言うことは、よく聞き一生懸命に仕事をやる、身分が低く弱そうな人に指示された時は、手を抜く、仕事は簡単でした。

お城に出仕し始めてから数年経ったある日、道三様に、急に呼び出されたことがあります。何の話かと思い急いで出向きましたが、道三様は暫く現れませんでした。緊張し畳を見ながら待っていると、ドンドンドンと足音がし、次にドシンと座る音が聞こえました。

「待たせた。国衆の奴らの話が長くて困る。儂の言う通りにすれば、全て上手く行くのに」

この頃、若かった私も、道三様が主筋の美濃守護職土岐氏と揉めていたことは知っていました。多分、その件で、私に何かお役目かと、次に来る言葉を期待と恐れが入り交じった気持ちを持ちながら待ち、回答を準備していました。

「光秀、良く来た」

「どのようなご用件でしょうか?」

「まあ、そう焦るな。暫くだったな、お前も大人の顔になった。最近、お前のことはよく耳にしている。相変わらず、仕事には手を抜いておるか?」

「とんでもございません。城では、いつも一生懸命に勤めています」

「ふん、まあ良い、でも下らない仕事は手を抜け。ところで、お前もよく知っている帰蝶が出戻ってきた。旦那を早死にさせおって、しょうがない奴だ。最も、急死した旦那の土岐(より)(ずみ)は、私が殺ったとのもっぱらの噂だがな。ひひひ」

「私も耳にしました。その噂は本当でございますか?」

「馬鹿! 本人に聞くな! それは、帰蝶にでも聞いてみるが良かろう。ところで、お前もそろそろ嫁を貰っても良い年頃だろう。お前の従妹で出戻りだが、帰蝶はどうか?」

「道三様がそう仰るなら、私には、いやはございません! しかし、なにゆえ私に?」

「それは帰蝶が、なぜか“昔、よく遊んで貰った明智の彦は、今どうしているか?”とさかんに気にしていたからだ」

「え?」

「だが止めた。国衆の奴らの顔を見ているうちに気が変わった。帰蝶はまだ若い。儂の娘で利用価値があるからなあ。すまん、諦めてくれ」

「え!」

「代わりにと言ってはなんだが、最近、才気煥発という噂を耳にした妻木の娘の煕子はどうだ。光秀は知っておるか? 儂の耳まで届くくらいなので、賢いだけでなく、さぞや美しくもあるのだろう」

「はい、よく知っております。近所に住む幼馴染でございます。しかし、最近会ってないので、美しくなったかどうかは分かりかねますが」

「何をそんなもじもじして赤い顔をしておる? そうか、儂だったら……まあ良い。頑張れ! 何かあったら、儂に相談しろ。協力してやる」

「め、滅相もございません」