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予兆

もっとも、孝雄がキレやすいことや、こうしたわけのわからない言動をするのは、この時に始まったことではなかった。

韓国方面に出張だと言いながら、ビーチサンダルや海水パンツをカバンに詰めていて、おかしいなとは思いつつも送り出し、戻ってきたので最寄り駅まで車で迎えに行くと、ハワイのお土産が……。

「ハワイに行ってたの?」と聞くと、「言ってなかったか?」と答える始末。

こんなふうに、行先を適当に告げることもあれば、出かける準備を手伝わないと言ってキレられ、それじゃあ手伝いましょうかと「どこに行くの?」と聞けば、面倒くさそうに、どこどこと乱暴に答える。その「どこどこ」がコロコロ変わることもあって、言われた行先に合わせてワイシャツやネクタイやらを用意していると、

「今日はこれじゃない! どうしてこれになるんや! あーくそー! どうしてわからないんや!」

と怒鳴り散らす。子どもたちが小さかった頃は、さしたる理由も思い当たらないのに、毎日のように「離婚だ! 離婚だ!」と叫んでいる時期もあった。

初めはわけがわからず、夫に気を遣って委縮しながら生活する日々だったが、ある時、(もういい)と開き直り、私はいつになく強気に出てみることにした。

そしたら、イラついて文句を言われた時に、私が「何?」と返すと、「すみません」と一言。「今度離婚って言ったら、本当に離婚してあげる!」と言うと、その後は「離婚だ! 離婚だ!」と言わなくなった。

「お前みたいな母親は、子どもが大きくなったら絶対に嫌われる」と言われたこともあったが、フタを開けてみれば、嫌われているのは自分で、家の中で子どもたちは父親に一切話しかけようとしない。「子どもに俺の悪口を言ってるだろう」と私に言ってくるが、私は一度たりとも、子どもたちに孝雄の悪口を言ったつもりもなければ、無視するように言い聞かせたこともない。

子どもは子どもなりに、冷静に見ているのだ。

会社では役員として重責を担い、仕事が忙しいのはわかる。お給料もそれなりにもらってきてくれる。でも、だからといって、自分は仕事をしてお金を稼いでくれば、それで何もしなくていいということにはならないだろう。

仕事がある日は、たいがいお酒を飲んで深夜に帰ってきて、わけのわからないイライラを家族にぶつけ、休みの日には、家族をほったらかしで、パチスロやゴルフの打ちっ放しへ出かけていく。たまに家族で食事に行くこともあったが、すべて自分の思い通りにしなければ気が済まず、家族の意見など聞く耳を持たない。そんな、まるで自分勝手な父親に、子どもたちがどう懐くというのだろうか……。

二〇一〇年十二月三十日(木)

「昼から時間はありますか?」と聞いてきた。年末で忙しかったが、ひとまず「はい」と答えると、先日緊急入院となった義母のところへお見舞いに行こうと誘われ、一緒に出かけた。

病室に入ってしばらくすると、ふいに孝雄の携帯電話が鳴った。いったん廊下に出ていって、戻ってきて言うには、「急に仕事が入った。これから行かないといけない」と。