インフォームド・コンセントについて

生命の危機に瀕(ひん)しているような場合、インフォームド・コンセントを省略せざるを得ない場合があります。

このような場合、私はご家族に電話連絡し、そのやり取りで同意を得て、事後承諾という形で、のちに同意書に記載していただくことがあります。ただし、このような場合でも、もし予期せぬ合併症などが起こってしまった場合は、私たち医療者には医療訴訟のリスクがあります。

私は医療を受けられる際、ある程度のリスクを許容していただいた方が良い方向に向くのではないかと考えます。あまりにも「もし医療行為によって合併症でも起こったらどうするんだ」という姿勢をご家族が示されるなら、やはり萎縮医療になってしまうと思います。よくテレビなどで「神の手」というような紹介をされる名医の番組がありますが、医師は決して神ではなく、人間です。人間だから、うまくいかないときもあります。その点を享受した上で医療を受けていただく方が、結果的には良い方向に向くのではないでしょうか。

ところで、私がこの章を書いているのは、2019年12月以降、中国湖北省武漢市を中心に発生し、短期間で全世界に広がった新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために緊急事態宣言が出されている最中です。

日本において新型コロナウイルス感染の拡大の端緒となったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」ですが、岩田健太郎先生の著書『新型コロナウイルスの真実』によれば、同意書が感染拡大の原因となったとあります。同船に乗船していた3711人のうち、696人もの人が感染してしまったのですが、その大きな原因が、乗船者の新型コロナウイルスの感染の有無をチェックするためのPCR検査を行う際に全員に配布された紙の同意書が媒介になってしまったとのことでした。

岩田先生によれば、このような感染力の強い感染症の検査の同意は紙でとるのではなく、口頭で許可をとれば、こんなにも多くの人が新型コロナウイルスに感染することはなかったのではないかと指摘されています。緊急事態にもインフォームド・コンセントを重視するあまり、多大な不利益を被ってしまった例ということになるでしょうか。