その1 もちがつお
「食材の準備はあるの?」
「はい。今日は週明けでたくさん仕入れてきました。それは問題ないんですが」
「そうだ、向かいのカラオケのママさんに連絡しなよ。それで男性グループには七時ごろから三十分カラオケして前菜だけ食べていてもらえば? それでさ、ほら、ガーベラの花があるんだよね。七時過ぎになったら女性グループにお店からのプレゼントですって一輪ずつプレゼントすれば? 枯れちゃう前にって思って帰るんじゃない?」
ガーベラは一輪でもその花の存在感がある花だ。
「俊平さん。あざっす。月子ママに連絡します」
大輔がすぐに電話をかけた。
「月子さんですか? 花里の大輔です。実は俺のミスで今日ダブルブッキングしちゃいまして。それで二組目のお客さん、七時ごろから三十分ぐらいママのお店に入れますか? 前菜と食前酒はこちらから運びますんで」
この日も月曜日。月子ママのお店も早い時間は予約は入っていないらしい。
「そうだ! 一組目の女性グループからどこか二軒目のお店を探してほしいって言われていたんだ。入れ替わりで女性八人の二次会の予約もいいですか?」
しばらく話していた大将の顔が安堵に変わった。どうやらうまくいったらしい。
「俊平さん。ありがとうございます。それでは、そのガーベラを買い取らせていただきます」
「気にしないでよ。取引先に渡せなくて、誰かにもらってもらえたらいいなと思っていたんだ」
「そうなんですか。じゃあ今日のところは甘えさせていただきます」
「この紙、何枚かもらうよ」
一席ずつカウンターに敷いてあった懐紙でガーベラの花を包んであげた。
「今日は予約の宴会で忙しそうだから、また来週顔を出すことにするよ」
「帰っちゃうんですか? カウンターは空いていますけど」
「いいよ、いいよ。また来るから」
「俊平さん、傘を持っていってください」
美紀がビニール傘を差しだした。
「あ、ありがとう。来週来るときに返すから」
来週は今日の話を肴に美味い酒が飲めるといいな。そう思って俊平は店をあとにした。