「この前の土曜日と昨日と二度もはっきり見たんや。2回とも夜やった。あの女学校の近くに親しくしている親戚の家があって、その家からの帰りしなやったんや」
「あのマリア像が動いたなんか信じられんで。お前は目が良うないんとちゃうか。何かの錯覚やで」
「ちゃう! ちゃう! 一回目は眼の錯覚かと思ったんや。けど、二回目の昨日は、ほんまにはっきり見て、確信したんや。間違いやない。俺だけと違うんや、見たのは。俺の近所にも見た人がいるんや。1人や2人やないで」と相変わらず神妙な顔つきである。
「今の世の中、乱れてるから、神さんもマリアさんも怒ってるんとちゃうかと、言う人もおるぐらいや」
これを聞いていた茂津は、
「馬鹿言え、この世に神なんているわけねえだろ。しかし、お前のような奴が言うんなら、確かなんだろうけど、マリア像が動くなんて信じられねえな。そうだろう」と勉の顔を見た。
「そうやなあ。茂津はそう言うけど、世の中には、科学で説明できんこともあるし、何かの錯覚かもわからんとも思うしなあ。けど、おもしろそうやから、今晩でも見に行かへんか。王子動物園のすぐ北にある王子体育館の北側の道路の交差点のすぐ側が、女学校の校門やから、その辺で今晩8時に集合しょうや。マリア像もよう見えるとこやし」と持ちかけると、2人は二つ返事で同意した。