レナは感謝のことばを口にはするが、来たときのいでたちとは違ってタンクトップにレーシーなカーディガン、膝をむき出しにしたスカートで出て行く足取りは浮き浮きしているようにさえ見えていた。しかしここのところ、出かける足取りが重そうだ。

「猫、被ってたんだよ。こんな直ぐにバレるくらいだから、まだほんの子猫だったんだ」

私は、まぁな、と言いながらも希美さんのように面と向かって責められない。

「レナちゃん、何かあったんかなぁ。夕飯のときも、お箸を持ったままぼんやりしてるしな」

和枝はよく見てるなあと感心しながら、私も気づかなかったわけではないと自分を納得させる。

何か気がかりがあるの。良かったら聞くで。口元まで出ながら、その肩をぽんと叩けない。触れて欲しくないかもしれない、そんな憂慮が一歩引かせてしまう。

最近は帰りの時間も遅くなり、もうちょっと早く――、なんて言おうものなら尖ったことばが返ってくる。

「だって、働かへんかったら月に四万円の食費は払えないし。おばさんたちで、分担してくれるですか。希美さん、そんなのヤでしょ。それなりの収入がなかったら、保育料だって払えないし」

その言い分に、私たち三人は本意なのか不本意なのか分からず頷いてしまう。

ここで暮らすための経費は、食費と光熱費で四万円。和枝は元ダンナから月々十万円貰っていて、贅沢さえしなければ普通の生活は保障されている。希美さんは場所も職種も分からないが働いているので、その収入で賄っている。レナも同じく四万円で、遙太の分は大目に見ていると言うところだ。

私は週に三回、デイ・サービスで働いている。できれば四回か五回と言われたが、詰め放題の蜜柑が容量を超えれば袋が裂けてしまうのと同じで、そこそこがちょうどいいんだと思っている。

べたべたと蒸し暑い日も暮れてしまえば、古家の利点で風が心地よくなってくる。今夜のメニューは麻婆豆腐と春雨の中華スープ、ジャガイモのサラダだ。

和枝は切り詰めながらも、毎食きちっと栄養を考えて作っている。

「ここで家事ができるのが、何より嬉しい」

洗いあがった食器を拭くときさえ、鼻歌を歌っている。

夕食の片付けをして入浴を済ませ九時を過ぎると、それぞれが部屋に戻っていく。一階は和枝とレナ親子。二階に希美さんと私。

二階の窓からは庭が一面に見渡せる。庭を見下ろすたびに今はない踏み石が蘇り、息が詰まってしまう。