「何か飲む?」
「うん。」
Sは人混みを掻き分け、手作り感溢れるバーカウンターへと向かった。
家の地下室は、まるでクラブのようだ。中に入り、右側がバーカウンター。部屋のちょうど角にある。すでに酒を求め行列ができていた。壁には棚が取り付けられ、ウィスキーやウォッカ、ブランデー、ジンなどリキュール各種のボトルが並ぶ。カウンターには氷や水、ソーダ水、ジュースなどが用意され、そこで一人の男性が忙しく動き回り、酒を作っている。顔を引きつらせ、その表情には全く余裕がない。
バーのすぐ隣にはセルフサービスの料理。チキンやマカロニチーズ、玉ねぎなどの野菜とジャガイモが入ったコンソメ風味のスープ。さらに人が群がる。この状況では、しばらく料理にはありつけそうにない。
とりあえず腰を下ろそうかと思ったが、向かいの壁側に置かれた椅子とソファはすでに占領されていた。部屋の一番奥が、クロークとなっているようだ。
テーブルが設置され、コートやバッグなどゲストの荷物が積まれている。角には大きなスピーカーが何個か無雑作に重なり、そこからダンスホール(レゲエ)ミュージックが流れる。大音量のためビリビリと割れた音に合わせて、ゲストはダンスを楽しむ。Sがおごってくれた強い酒のせいで、一気に身体が温まり、酔いが回る。
フロアの真ん中でSのお父さんが酒を片手にポツンと一人で立っている姿が見えた。
「今夜はこんな素敵なパーティに招待してくださってありがとうございます。とても楽しいです。」
私がお礼を言うと、お父さんは初めて笑顔を見せた。
多くの人が好奇の目で見つめる中、私とSは上着を脱いで踊り始めた。日本人はもちろん私だけだ。目立たないわけがない。
皆、日本人がどのように踊るのか興味があるのだろう。流れる曲のイメージに合わせて、私の身体は自然と動き出す。Sが突然、私を上に持ち上げた。私は咄嗟に両脚を彼の腰に絡める。
両手を振り上げ、私は上半身をウェーブ(上半身を波打つように動かすダンス)させた。すると、Sもその動きに応じるかのように身体を動かす。Sが私を前に抱きかかえたまま身を屈めるので、私の手はもう少しでフロアに付きそうになる。そのとき、私は背後にいた男性に身体を預け、脚を下ろした。今度は、その男性が仰向けの状態になり、フロアに片手を付きながら上半身をウェーブさせる。私は、彼の動きに合わせ腰を回した。
まわりにいる若者は大いにはやし立てる。これだけの人混みにもかかわらず、気が付けば、私たちのまわりには取り囲むように円ができていた。
私とSは踊り疲れ、ソファに腰をかけて一息ついた。何気なく横を向くと、一人の年配の女性が何か言いたげにこちらに顔を向けている。その女性は私に尋ねた。
「あなたはどこの出身?」
「日本です」
「あらそう。どう、楽しんでる?」
「とても楽しいです。」
その女性がふざけてSに言った。
「あなた、日本人の女性にあんなダンスは激しすぎる(too wild)わよ。」
Sは照れ臭そうに笑う。
「私、全然大丈夫ですよ。ダンス大好きなんです。」
すると、彼女の隣に座っていた別の女性が、
「いいじゃない。その調子よ。今日は楽しんでね」と言って親指を立てた。
近くにいた若い女性たちも、賛同するように笑いながらこちらを見る。
“I love this place!(私、この場所大好きです!)”
私は思わず叫んだ。