法要
葬儀と違って法要の日はさすがに参列者が少なく、それでも両家の親戚に交じって潤子が生前親しくしていた人の顔も見られた。
潤子の一番上の姉朋子や次女理子は「なにか手伝えることがあれば」と、法要が始まる二時間前には来てくれていた。
朋子は茨城県の小さな港町で観光客向けの土産店を開いていた。この店はもともと町役場に勤務している夫の両親が始めたのだが、今では店の運営全てを任されていた。
特産のシラスやイワシを加工した水産品は地方発送にも応じていたので、夫の博樹は休日返上で電話やネットの注文に追われていた。
次女の理子には子供がいなかったが、夫の勝正が都市銀行を定年退職したのを機に、国定忠治で知られている赤城山の中腹にログハウスを建て、自然との共生を楽しんでいた。
「無農薬だから安心して食べて」
と、家庭菜園で作ったトウモロコシやトマトなど、新鮮な季節の野菜が潤子の元にも送られて来た。
葬儀関係者のアナウンスを合図に斎場では参列者が全員席についた。
「間もなくご導師様のご入場です。合唱でお迎えください」
の言葉を待っていたかのようにカネを鳴らしながら導師が入場して来た。袈裟を整え席に座ると間もなく読経が始まった。参列者のお焼香も一通り終わり、参列者は別室に用意された精進落としの席へと移動した。
喪主代理を務める桃子は忙しく動き回っていたが、この場でも、伊佐治の我儘ぶりは変わらずに桃子の頼みも耳に届いていない様子だった。
献杯が終わるのを待っていたかのように、伊佐治は酒とコップを持ってそそくさと自分の親戚の前に移動していた。声は大きく、時には笑いも起きるものだから、潤子の一番上の姉、朋子などは半分呆れた顔で、
「自分の奥さんの法要だというのに、あの態度は絶対許せない。潤子はあの人に命を縮められたようなものよ」
と、腹立たしく思っていた。更に、次女の理子が続いた。
「潤子はあの人の何処が良くて結婚したのかね」
二人は未だに理解できなかった。
「この先、あの人の傍若無人な行動を止められる人は誰もいないから、桃子はますます大変になるわね」
献身的に動く桃子の姿を目で追いながら、
「運命だって片付けたくないわね」
姉に目を向けると、朋子は顔にハンカチを充て、両手でこぼれる涙を押さえていた。最後のデザートを食べ終わった頃には、予定していた時間が少し過ぎていた。
「ここで喪主の増田様から皆様へお礼のご挨拶がございます」
葬儀関係者から紹介された伊佐治は席を離れるどころか、立つことも容易でなく、あげくに、
「ワシは挨拶などやらん」
伊佐治は元々酒が強い方では無かったが、久しぶりに会った親戚を前に悲しみから逃げるように酒を浴びていた。これ以上、みなさんにご迷惑をお掛けすることはできないと桃子が代理で挨拶をすることになった。
「本日は亡き母潤子の四十九日の法要に際し、お忙しい中ご参列頂き、本当にありがとうございました。悔いがあるとすれば、母ともっと話がしたかった。母が大好きだった温泉や旅行にも連れて行ってやりたかった。でも、なにもしてあげられなかった。親不孝な娘でした……本当にごめんなさい」