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第3作『山脈(やまなみ)の光』
「いいぞ、たまんねーぞ」。朱美のやって来る間、村瀬の猥談は続いた。
ぼくは村瀬の話に聞き入り、ちょっぴり興奮しながら、朱美がいつやって来るかとどきどきしていた。
なぜこんなときにそんな話をするのか。
三十分後、朱美はピンクのストライプの入ったワンピースで現れた。あの絵のワンピースに似ている。
「暑いね」朱美は青いハンカチで汗を拭き、額の髪をかき上げた。
「園田先輩、お久しぶりです」とニッコリ笑ってチョコンと頭を下げた。
「うん」園田は恥ずかしそうに答えた。
冷めたコーヒーをぼくはゴクリと飲んだ。
「放浪してたんですか」明るく、朱美が園田に問いかけた。
「うん」
ぼくはホットケーキに大量にメイプルシロップをかけ、無心に頰張った。
「へー、北海道の海ってきれいなんですよね」
園田の冒険談に相づちを打つ朱美の目は輝いていた。
ホットケーキをコップの水で飲み込むと、ぼくはわざと大きな声で「清里の、サンタの家だけど」と今日の主題を切り出したが、三人は無視するように園田の冒険談に夢中だった。「夏の計画! そのために集まったんだろ」
「あー、わりい、わりーい。徹ちゃんの話も聞いてやろうよ」
ぼくはむっとした。聞いてやろうとは何だ。
しかし朱美のニッコリ笑う顔を見て、それ以上ぼくは何も言えなかった。
朱美には破顔という言葉が最も似合うと思った。
「サンタの家は、思ったより山奥にあるんだ。少し歩かなきゃいけない」
「どれぐらい」
「二時間ぐらいだって」
「まー、たいしたことないな」
園田は彼らしい言葉で明るく笑った。
「ねー、本当に私たち在校生も大丈夫ですよね?」
「朱美も行くのか」
ぼくはどぎまぎしながら確かめた。
「香子も誘っていいですよね?」
朱美はまた笑った。