禅は舞い上がるような気分になった。その気持ちは初めて味わうものだった。高校時代の全国大会二連覇……その輝かしいバスケット人生の中でも、こんな気持ちは味わった事が無かった。
「嬉しい! 本当に嬉しい!」
それは、ここ数年の嫌な事を、全て忘れてしまうほどの嬉しさだった。禅は約束が出来た安ど感で、再び眠りについた。どの位寝たのだろうか?
時計に目をやると夜の八時を回っていた。
「まだ八時か……もっと寝たように思えたが?」
そして、スマホを手に取り、画面を見た禅は驚愕した。
「なに? 朝の八時!?」
時間は次の日の朝八時を回っていた。酒は完全に抜け、さわやかな寝起きだった。
「一日寝ていたのか!?」
そう言うと禅は、慌ててベッドから飛び起きた。良く考えてみると、何度か起きて水を飲んだりトイレに行ったりした気がする。
「まさか、次の日まで寝てしまうとは……」
禅は、午前中の取引先との打ち合わせを思い出すと、急いでシャワーを浴び、出社の準備をした。禅は鏡の前でネクタイを締めながら呟いた。
「彼女との出会い……夢ではないよな……」
ネクタイを締め終わると禅は、スマホを手に取り、彼女からのメールを確認した。
「やっぱり夢じゃない」
そう呟くと、急いでマンションを出て行った。マンションから会社まで、車で二、三十分程度。会社に着くと、時間は八時五十分を回ったところだった。会社の操業時間は八時三十分……二十分の遅刻だった。
会社に入ると、事務員たちが驚いた顔をしていた。禅は社長になってから、遅刻をした事は一度も無かったからだ。たとえ出社しなくても、出張などの予定を伝えていた。無断で遅刻した事は初めてだった。驚いた顔をした事務員が尋ねた。
「社長、大丈夫ですか?」
「え?」
「何度も電話したのですが……」
禅はスマホを取り出した。会社からの着信が何度かあった。
「すまない、気が付かなくて……」
「………」
黙って見つめる事務員を尻目に、禅は社長室に入って行った。そしてパソコンの電源を入れた。立ち上がったパソコンには、パスワードの入力画面が映っていた。しかし禅は反応しなかった。
ただ考え事をしていた……それは、まるで初めて恋をした少年のようだった。