弥生編

「この短剣は、西の地で我々が持っていた文化の高さを示している。我々の父祖は、戦に追われて、海を渡った。どこでもいつでも、この土地の我々のように、平和に暮らせるとは限らない。暮らしを守り、人に優しく出来るためには、強く豊かであらねばならぬ」里の長は続けた。

「この土地の限られた平らなところは、既に田と畑にしてしまった。東には、ここより遥かに大きく広い土地があると言う。そこを新たに拓き、人を増やし、そして失われたものに勝るものを造り出そうではないか。今こそ、我々の父祖が海に乗り出した勇気を思い出す時だ」

里の長は、短剣を太陽に向かってかざし、太陽の恵みに対する感謝と、旅に出る者たちの無事を祈った。

里者たちは、太陽を崇めていた。なんといっても稲を育て、米を実らせるのは、母なる太陽である。

そして里の長は、「我々の父祖の道のりを守ってくれたこの短剣が、お前たちの道も守り導いてくれますように」と言い、身を乗り出してアトウルに渡した。

そして倉庫の戸口から降りると、アトウルに向かって目だけで笑って言った。
「少し違うが、約束の品だ。大切にしてくれよ」

アトウルは、まだ驚いた顔をしていたが、自信に満ちた笑い顔になると、ユィリに何か言い、ユィリが通訳した。「彼の名前は、海の道という意味なんです。太陽の導きがあれば、必ずみなを新たな土地まで無事に連れて行ける、と言っています」

翌年の冬には、アトウルからの使いの者が、新たな土地で実った最初の米を携えてやって来たのだった。