Episode5 座礁
見えにくい難所でつまずいてしまう。それは偶然ではなく、必ず自分の中に原因がある。問題は、一人でもがくだけか、持てる知力と体力、さらには他者の力も借りて抜け出すことに最善を尽くすかどうかである。
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好調な航海が長く続くと、人はつい荒れた海のことなど忘れてしまう。足元が見えなくなるとは、まさにその状態だ。カップみそ汁の大ヒットに気を緩めた私は不本意な難所へ進み、船は座礁してしまう。そこを脱出するのは容易ではなかった。
S店との契約は破談。新工場建設も水の泡に。
そしてついに、大手コンビニのS店から大手の食品問屋を通じて引き合いがあった。早速、商談に行き、取り扱ってくれるという感触を得た。
なぜなら
「百万食になるのでキャパシティは大丈夫か?」
と訊かれたので
「何とかします」
と答えたのだ。実は、当時の工場では五十万食の生産が限界で、S店に納めるには新しい工場を建設しなければ間に合わなかった。
「大変だ、早くしないとせっかくの商談がダメになる」。
そんな焦りから、まずは工場用の土地探しが始まった。
一九八四年頃は、まだ土地ブームになっていなかったので、すぐ見つかった。西船橋の工業団地にある二百坪の土地を購入することになった。通常、納入が決まるまでには二、三ヶ月は掛かるので、その間に新工場が完成すればぎりぎり間に合うと思った。
商談の時の約束で、S店の担当者から連絡が来ることになっていた。しかし、待てど暮らせど連絡がない。一ヶ月が過ぎて、やっと連絡が来た。すぐさま先方を訪問した。
ところが、冒頭から衝撃の話を聞かされる。
「上野さん、H社さんにカップみそ汁をプライベートブランドで商品化してもらうことになりました」。
私は一瞬、聞き間違えたのかと思った。
「確かH社はカップみそ汁を作っていないはずだ。どうして?」。
後でわかったことだが、S店バイヤーはH社からの出向者だったので情報が筒抜けになっていたらしい。運が悪いとしか言いようがない。私は考えた挙句、すぐさま西船橋の土地を手放した。五百万円以上は損したと思う。