私は焦ってショーを抱きかかえ自動販売機のある所まできて、コーラを買い与えた。やっと、ショーのパニックが少し収まってきたのでレストランに引き返す。テーブルに着くとなにやら方々からの冷たい視線を感じる。
「何をやっているのだろうね、この親は」とか「どんな躾をしているんだ」、「親の顔が見たいよ」などのひそひそ話が聞こえる。私達夫婦に聞こえる位の大きさで言っているのだ。
食事が運ばれてきても、私達はショーから先に食べさせ、自分達の食事には殆ど手をつけないで外に出てしまう。気まずく、居たたまれないのだ。妻の眼は真っ赤になっていた。私は慰めの言葉さえ掛けてあげることができなかった。
公園でも度々こんなことが起きた。よその子供がお菓子など食べていると、ショーは一目散に駆け寄り、そのお菓子を奪って食べてしまうのだ。そんなショーに気づき思いっきり捕まえようと走るが、間に合わない時がある。
そんな時は、その子供の母親にぺこぺこ頭を下げて謝るが、その子供の母親は「何て子でしょう」とムッとした顔付きで子供を連れて何処かへ行ってしまう。そりゃそうだろうなとつくづく思う。
もちろん、ショーを叱る。すると大きく口を開いて「うー、うー」と言って口の中を指さすのだ。
ショーは「もうお菓子はない」と言っているのだろう、多分。困ったことに、そんな仕草が天使の様にかわいいのだ。
健常児を持つ親でさえ排泄の躾は大変である。障害を持つ親達はその何倍も何十倍も苦労することになる。ショーにとっても一番大変であったのは排泄。
この苦労は小学校を卒業するまで続いた。おしっこがしたくなると、何処でも構わずズボンを下ろして、排泄をしてしまうのだ。私たち夫婦は、ズボンに手がかかる瞬間を見逃さず、ショーを抱えてトイレに運ぶのだ。外出先では恥ずかしい話だが、木陰や塀の所にさせてしまうことが多々あった。