一年坊主同士が、相手のどんぶりに箸を突っ込む。それに二年も加わる。
「やめてよ」と香子が怒る。
「ほっときなさい」と朱美が冷たく突き放す。
そのうち、振り払った手でチャーシューが空を飛んだ。
「あっ」
ベチャリと落ちたチャーシューをすかさず拾ったのは、村瀬だ。
「あっ! 先輩!」
「ヤァリー」
村瀬は何のためらいもなく、口に放り込んだ。
「情けない。そこまでしなくても」
朱美に言われ、村瀬は満足そうに微笑んだ。
「おばさん、ネギ、ネギおまけしてくれよ」
二年のノブにはそんな騒ぎは関係ない。
「意地汚ねーぞ」
「おれは、ネギが好きなの」とノブはネギを山盛りにしてもらって、ほくほく顔だ。
「コウちゃん、お代りいいだろ」と村瀬が情けない声で訴える。
「ダメ、おれだって少ない小遣いで、お前たちにご馳走してるんだ」
「ご馳走ってほどのもんじゃないだろ」
「失礼だね、ご馳走だよ」とカウンターの向こうでおばさんが怒る。
「謝れ! 謝れ!」
「すいません。もう一杯ください」
「はいよ」
おばさんがニッコリ笑った。
村瀬は、百五十円出して、コップの水を飲み干した。
「もー、いや、あんたたちとは食事したくない」
香子はスープをすすりながら怒っている。
この三年間ずっと繰り返されてきたバカ騒ぎだ。村瀬にとっても園田にとっても、これが最後になるのだ。騒げば騒ぐほど、ぼくはセンチメンタルになった。こんな風景は二度と見られないかも知れない、とぼくは思った。
村瀬は三杯目のラーメンのスープを飲み干して、大きくため息をついた。
「それで、お前はどうするんだ」とコウちゃんに訊かれた。
「平和通りの美術研究所です」と答えたが、顔を上げると訊かれたのはぼくではなかった。
そんなことはコウちゃんは知ってることなのだ。
ひとりで黙ってラーメンを食べていた園田は「分かりません」とぶっきらぼうに答えた。
「共通一次、ボイコットしちゃったんですよね」
一年坊主が口を挟んだ。受験制度が去年から変わり、ぼくたちの不安は増していた。
「芸大間違いないって言われてたのにな……すごいですね」
村瀬が不満げに「お前は贅沢なんだよ」と吐き捨てるように言った。
「分かりません。少し考えたいんです」
「かっこつけんなよ!」
村瀬は園田を怒鳴りつけると、突然席を立ち、どんどん帰ってしまった。みんなはあっけにとられて見送った。
園田もコップの水をぐいっと飲み干すと、席を立った。