漁師の常連客たちはホステスたちがどれだけ引き留めても朝の早い漁を控え、午後の九時過ぎを目途に波が引けるように一斉に帰路に着いた。
騒ぎまくった漁師たちが帰ったあとには近くの民宿や旅館の客か明日は出漁しない漁師たちがチラホラと残るだけで、奪い合っていたマイクもカウンターに置かれ、忘れた頃にリクエストが掛かり哀愁を帯びた艶歌が歌われるだけとなる。
都会の飲み屋と違い、遅い時間に客が来ることは少ない。午後十一時を回る頃になるとスナックの看板の灯が落とされ、客を見遣る美紀の視線に「早く帰れ」のサインが宿るが酔った客には通じない。
そんな客を宥めすかして帰し、二人のホステスも帰ったあと、カウンターで使った食器を洗い、店の戸締まりをしてレジの現金を数えてパソコンで記帳を済ませ電気を消して二階に上がる。母が亡くなってから十年ほど続けている日課だ。
季節により差は出るものの、年間の売り上げは少し下り気味だか全体としてそんなに変わってはいない。漁火の土地も建物も美紀のもので、賃借料が掛かるわけでもなく商売を続ける限り現金収入があり大きな贅沢でもしない限り生活に困ることは無い。
しかし、遅掛けに入る風呂場の鏡に向かって商売用に塗りたくった厚めの化粧を落とすとき、自分の顔を入念にチェックするが、肌の張りの衰えと四十歳を越えた頃より増えだした白髪の少し混じる髪には大きな溜め息が出る。
「私にはもうワクワクするようなことは何も起こらずこのまましょぼくれて歳を取っていくだけなの?」
美紀は鏡に映る自分にそう問い掛ける。
四十歳を越えた近頃はそんな不安と不満を抱きながら漁火の二階で一人寂しく眠りに就くのだった。