この後も笹見平の内覧ツアーは続いた。道々、ゴムホースやテント地の切れ端、欠けた茶碗に水垢だらけのコップなど、様々なものが買い取られた。実はこれらは全て岩崎の仕組んだ「お買い物シミュレーション」だった。――習うより慣れよ、だよ。よく耳にする格言を林はこの時ほど「もっともだ」と思ったことはない。
翌日、翌々日と、笹見平へ人がやってきた。彼らは食べ物をいっぱいに詰めた袋を持ち込み、貨幣と引き換え、その貨幣で現代文明の不思議な道具を買っていった。笹見平では貨幣を配る前に、売れそうな物品にあらかじめ値段を付けていた。ビニール紐は五枚、陶器の欠片は十枚、洗面器は五十枚など、価格を通して物の価値の上下を縄文人に教えていた。しかし何でも売るわけでは無かった。例えば、テント用の鉄杭は武器になるし、紙類は紙幣の材料になるので、販売しない。
最初のうち、貨幣は笹見平と他集落の間だけで通用していた。時間が経つにつれ、集落同士でも使われるようになり、貨幣の回転がよくなると、どの集落もますます多くの貨幣を求めるようになった。とある集落は貯蓄を
始め、また別の集落は笹見平に借り入れを申し込んで来た。自分たちの食べ物を切り詰めてまで貨幣を手に入れようとするところもあった。そうして何かしらのものを笹見平で買っていった。やけにネジが売れた。調べてみると、どこの集落が始めたのか、祭壇を組んで崇めているのだという。
岸谷は諦めたような調子で、
「貨幣にしても、ネジ信仰にしても、俺たちは歴史をめちゃめちゃに変えてしまったな」
砂川はうなずき、
「もうどう逆立ちしたって現代には帰れない……いや、帰るという表現は適切じゃないかもしれない。俺たちが知っている現代は、はじめっから存在しなかったことになる可能性が高い」
「じゃあ私たちは一体どこからきたの?」泉は尋ねた。
砂川は目を閉じ
「考えないことにしよう。考えたって答えは出ないし、その答えが我々をどこかに導くということも無い」