メタタアコが冷ややかに言った。
「お静かに、人間がなぜ死をこわがるのか? それは死が不明瞭だからでしょう?」
「確かにそうですが、あのあのあのおおお」
「なんで私だけって言いたいんでしょ? みなさんそう言いますよぉ。彼女たちの騒ぎは演技じゃありませんし運転を誤ったのはあなたの過失または運命ですぅ。まだまだバリバリ仕事して人生はなんてたやすく楽しいなんてね、思いながら歩いている時、ふっと足を取られるなんてまあよくある話です」
「まだやらなければならない事があるんです」
ちゃっぷちゃぷちゃぷという音がした。
押し殺した笑い声も。
「もうできません。戻ったところで体がないので、浮遊霊または浮遊物というようなものになってしまいますぅ。わかりましたかぁ」
「浮遊霊はわかりますが浮遊物っていったい何ですか?」
「まあ、湯垢とか、油膜とかじゃないですかぁ~」
「それは単なる汚れでしょ、そんなものになりたくない!」
思わず大声を出してしまったが、相手は落ち着いて言った。
「確かにあまり希望者はいませんね」
「それはわかりますがこれからどうしたらいいんですか? それからあなたは誰ですか? ついでにちゃぷちゃぷいう音はなんですか?」
「はい、もういい加減私も面倒くさいので今から私の本当の姿をお見せしますが、冷静にお願いしますね」
メタタアコが言ったとたんぱっと視界がクリアになってまた自分はひっくり返り、そして、なぜメタタアコの顔が歪んでいるのか理解した。頭にビンのようなものが突き刺さっている。そのなかには、まだ液体が半分くらい残っていてそれがちゃぷちゃぷいっている。
半身を起こしながら尋ねた。
「なんですか? それは」
「ドンペリニョンですう~」
「なんで頭にドンペリが?」
「ええこれね、彼氏に突き刺されたんですぅー」
「彼氏ってあなた、人間ですか? いくつですか?」
「はい、正確に言えばもと人間で歳は十八ですが」
「はい? 十八歳ですか?」
しばらく言葉が出ず黙ったが沈黙していると恐ろしくなった。
「あの、あなたも、死んでいるんですよね、いまさら六十もサバよまなくてもいいでしょ」
「私が七十八に見えているんですか、まあいいでしょー、うがごごうがあー」
メタタアコがいきなり叫んで、床にあおむけに倒れ手足をバタバタと動かして断末魔の巨大昆虫のようなものすごいけいれんを始めた。