どん底だった気持ちが少しずつ上向いていった。

「天下の東国病院の外科だもんな。東京っていうだけで大変そうなのに。でもここまで耐えているんだ」
「そうだね。なんとか耐えている」

細山の陽気さにつられるように僕は笑いながら答えた。細山が近くにいればどれだけ心強いだろう。

「東国病院には外科医は何人くらいいるの?」

宮岡が聞いてくる。

「20人くらいかな」
「やっぱり多いね。その中で生き残るのは大変そうだよね」
「そうだね。みんなの競争意識も高いしね」

東国病院で長くやっていけるかは分からないけど、と続けようとしたが、楽しいムードを壊してしまう気がしてやめておいた。

「山ちゃんは器用だし、性格がいいからどこへ行ってもなんとかなりそうだけどね」
「いや、そんなことはないよ」

僕は受け流したが、感性の鋭い宮岡にそう言われるとまんざらでもない気持ちになる。

(宮岡や細山は僕の今の状況に陥ったらどう切り抜けるのだろう)

一瞬、この流れで今の状況を相談しようと思ったが、うまく切り出せなかった。僕たちは近況報告もそこそこに、研修医時代の思い出話で盛り上がった。2人とも翌日も朝早くから仕事があったため、短い時間でお開きとなったが、彼らと話せて気持ちはずいぶん軽くなった。

早坂と話して、両親と話して、宮岡と細山と話をした。夏休みに入った時はどん底だった気持ちが、誰かに話すたびに少しずつ上向いていった。