中学の頃、三緒の付き添いで家の近くに新しく出来た歯医者に行ってみたことがあった。待合室に絵本がたくさんあり、プラレールや積み木もあった。家からすぐだし、三緒にはいいかもな…と思った。
三緒の番になり、心細いからついてきて、というので、診察室に入れてもらった。
「あらあら、ちょっと磨き方へたね~、歯垢が全然取れてないよ~?」
こりゃだめだわ、という顔をして、若い女性の歯科衛生士さんが糸状のフロスを取り出し、本格的にやりだした。キリキリかりかり、苦悶の表情を浮かべる三緒。
ちょっ、ずいぶん苦戦してんな、オイ。
しばらくして、施術は終わったが、下の前歯の歯茎が糸で傷ついたのか、ひどく出血していた。口の端から流れる血を見てびっくりした三緒は、泣かなかったが、今にも泣きそうな涙目だ。
最近ひとりで磨くようになったから、確かに下手っぴだったかもしれない。でも、小さい子供が痛がって泣いてるんだ、
「今度からもっとしっかり磨こうね」
そこは説教じゃなくて、「痛くして、ゴメンネ。大丈夫?」だろう?
俺は猛烈に腹が立った。ここは、ナシ。帰りに受付で支払後、次回の予約を聞かれたが、
「やっ、いいです。もう来ないんで」
「えっ?」
受付のオネーサンに罪はないが、俺は三緒の手を引いてさっさとその新しいお洒落な歯科医院から立ち去った。たまたま下手くそな歯科衛生士にあたったのかもしれない。歯科衛生士も忙しいから、今日はたまたま小さい子供のケアが面倒になったのかもしれない。
でも、出会いは、一期一会だ。わざわざいやな気持ちになるところに無理して行くことはない。歯医者はいっぱいあるんだから。