どうして、顔を見ただけで、そんなことがわかるのだろう? 彼は私の肩に手をかけ、ぽんぽんとたたいた。
「よくあることだ。気を落とすな。あ、いや、おぬしは宦官だったな。女など要らぬ身か。はっはっは」
南無阿弥陀佛、南無吉祥天。心に波風が起きたときに唱えよと言われた讚佛を、私は腹のなかで、くりかえした。一刻ほどして、駄熊太(ドゥオシュンタイ)師父が、見まわりに来た。
「異状はないか」
「さきほど、道士が、帰ってゆかれました。この翊坤宮(よくこんきゅう)まで、皇上が同伴されるということは、よほどの信任を受けておられるのでしょうね」
「そりゃあ、そうだ。あの方は邵元節(シャオユアンジェ)どのの一番弟子だからな」
「邵元節(シャオユアンジェ)?」
「朝天(ちょうてん)、顕霊(けんれい)、霊済(れいさい)の三宮を統括する、道教の総領だ」
「そんなに、すごい人なんですか」
駄熊太(ドゥオシュンタイ)師父は、本人が目前にいるかのように、一礼した。
「ひとつ、逸話を話そう。われが子供のころ、邵(シャオ)道士は、わが家にほど近いところで滞在しておられたが、あるとき、その庵を、山賊が襲った。邵(シャオ)道士を切り殺し、火をはなつと、またたく間に、あたり一帯を焼き尽くしたのだ。村人たちはみな、邵道士が焼け死んだと思い、村長宅にあつまって、葬式の準備をしていた。そのときだ。邵(シャオ)道士が、なにごともなかったかのような顔をして、あらわれた。もう、位牌もできあがっていたんだぞ。そこへ当の本人のお出ましだからな。大人たちの口から、くわえていた莨(たばこ)がぽろぽろ落ちるのを、われは見た」