第2作『人形』
ぼくは店の外へ出た。いきなり蟬の鳴き声が湧き起こる。夏の光は眩しすぎるほどに輝き、舗装されていない道や家々のトタンの壁に熱気を持って照りつけていた。振り返ると、古いガラス戸はマジックミラーのように反射し、内側を伺うことができない。その場から一刻も早く逃げ出したかった。
露地を駆け出ると、ラーメン屋に逃げ込んだ。扇風機のモーター音が聞こえる。あの大将がテレビを見ながら「いらっしゃい」と不愛想に言った。ぼくは未知の世界から現実の世界に戻って来たかのように安堵していた。
テレビでは青春ドラマをやっている。この剣道をやっているスポーツマンの主人公を、ぼくは好きになれなかった。
「学生ラーメンください」
大将は立ち上がり、カウンターの向こうの厨房に入った。
ぼくはテレビから流れる脳天気なテーマソングに耳をふさいだ。いつもならただ漠然と口を開けて見ているようなこの番組が、今日は耳障りでたまらなかった。思わず立ち上がり、梁の上のテレビのチャンネルを回した。そして、あわてて大将を見た。大将は、黙って麵をズンドウで茹でている。
「勝手に替えて、ごめんなさい」
大将は黙ったままだった。それから何週間か、ぼくは「彼」が気になりながらも、あの店に近付こうとはしなかった。そして英二や太郎とも一緒に行動することがなかった。鴇子はあの店に行こうと誘ったが、ぼくはわざと無視した。自分の心を見られるようで鬱陶しいだけだった。