第一章 道 程
【6】
「島が見えてきたぞ」
上杉に声をかけられてデッキに出ていくと、眼前にはうっすらと島影が見える。播磨灘の波はおだやかで、フェリーは爽やかな日差しに照らされながらゆっくりと進んでいく。
宮神は登山サークルのメンバーと合宿をするために、小豆島へと向かっていた。小豆島にある星ヶ城山は標高八百メートル程度で、初心者がトレッキングするのもたやすい。本格的な登山に慣れた宮神には少々物足りないが、メンバー全員が無理なく楽しむには適した山といえるだろう。
神戸港を発ったフェリーが坂手港に到着すると、島の景色にどこか既視感を覚えた。一度も来たことのない場所なのに、どうしてだろう。その答えを教えてくれたのが、ロビーの壁に貼られていた一枚のポスターだった。
ここは一年前に観た映画『二十四の瞳』の舞台だったのだ。軍靴の足音が迫るなかで運命に翻弄される女性を描いた秀作に宮神は心を打たれ、名画座で木下惠介版まで観たほどだ。合宿地について下調べをしていなかったが、映画のロケ地であった事実を知り、なんだか得をした心持ちになった。
「宮神! ぼんやりしていると置いていくぞ!」
サークルの代表である四年の山本に声をかけられ、宮神は急いでミニバンに乗り込んだ。事前に二台予約してあり、六人ずつ分乗する格好だ。それぞれ免許を持っているメンバーがハンドルを握り、海沿いの国道を走って投宿先の民宿を目指した。
運よく好天に恵まれ、道路沿いの新緑が目にまぶしい。チューニングしたカーラジオからは山下達郎の人気曲「スパークル」の軽やかなギターカッティングが流れてくる。大好きな曲に身を委ねつつ、開け放った車窓から入り込む潮風に頰を撫でられ、宮神の心はふわふわと浮き立っていた。
「明日はみんなで星ヶ城山に登るけど、それ以降は自由行動にする。小豆島は自然が美しいし、食べ物も旨い。観光スポットもたくさんあるぞ。合宿といっても俺たちは運動部じゃないから、旅行気分で親睦を深めてくれよな。それじゃ、乾杯!」
山本が乾杯の音頭を取ると、部屋中からカチカチとグラスを重ねる音が聞こえてきた。二十歳を過ぎているメンバーは、おいしそうにビールを呷っている。テーブルには、地魚をふんだんに使った豪勢な料理が並んでいる。
宮神はコーラを飲みながら、自由行動になるあさってに思いを馳せた。行ってみたい場所としてはじめに思い浮かべたのは、『二十四の瞳』のロケに使われたオープンセットを公開している映画村だった。
劇中において印象深かったのは、岬の分教場の小学一年生を受け持つことになった新任の女性教師・大石が、十二人の子どもたちの澄んだ瞳を見て、「この瞳を濁してはいけない」と、母親に誓うシーンだ。宮神は小学一年生ではないものの、どれだけ歳を経ても自分の瞳を濁さずに世界を見据えていきたいという志がある。ロケ地の空気に触れることで、大石先生の高潔さにあやかり、自分を見守ってほしいと思った。