(八)

「それで、香奈ちゃん秘密が守れるかい」と村上は聞いた。香奈がうなずくと、
「実はさ」と村上は言った。

「小林が行ったのは、単なる旅行ではないらしいんだ。中条に誘われて、何だかよく分からないセミナーの合宿に三週間も行ってたらしいんだ。あのメンバーの中で誘われたのは他には笠井と風間で、まあ、俺だけが誘われなかったらしいんだがね、毎年夏に開かれるセミナーで、中条は去年も行って、それがよかったと言うので三人を誘ったんだってさ。風間は断って、小林と笠井は出かけたらしい」

初めて聞く話に、香奈は驚いた。
「セミナーって、時々聞く自己啓発セミナーとかって、あれ?」

八十年代から九十年代の前半にかけて、多くの若者を勧誘したセミナーについては、村上家の食卓の話題に上ったこともある。知り合いが三人行って、一人は一時期熱病に取り付かれたようになっていた。

一人はすぐに止め、もう一人は、まあ、あれは大衆心理実験のようなものだが、害はないよ、おそらく洗脳の手法と同じようなものだろうが、宗教と違って洗脳する教義がないからね、と言っていた。

「いや」と村上は首を振った。「そうじゃないらしいんだ。何でも、若者に夢を与えて将来のリーダーを作るという趣旨で大学生対象のセミナーらしいんだが、暇な大学教授が無料でやっているらしい。まあ、昔の松下政経塾の親類のようなものかなあ」

「ふーん」香奈は複雑な思いでいったん自分の部屋へ引き取ったが、しばらくするとリビングルームに顔を出した。村上は一人でコーヒーを飲みながら地図を見ていた。

「セミナーってわたしも行けるの?」
村上は顔をあげて一瞬驚いた顔をしたが、
「香奈ちゃんは無理だなあ」と笑った。「未成年のお子様はお断りなんだってさ。おまけに、来年の夏まで待たなきゃいけないぜ。俺も小林の人が変わったという話を聞いて行ってみたくて地図を開いたんだけどさ」