苦手なこと
「どうして朝、言わなかったの?」
「言おうと思ったのですが、ほかのことをしているうちに忘れてしまいました。すみません」
「気づいたらすぐに言わないと」
背後から声がして振り返ると荒木先生がいた。
「すみません」
「今から〇〇さんの創を診に行くけど一緒に行く?」
「はい。お願いします」
「私は先に行くから、処置カートを持ってきて」
「分かりました」
どうやらそこまで怒っていないようだ。僕はホッとして、処置カートを取りに行く。
「今はこんな感じにしているんだ」
荒木先生は創を覆っていたガーゼを外すと僕に説明を始めた。創を縫い合わせていた糸が外されて創が大きく開かれていた。
「ドレナージは見たことある?」
「いえ、初めてです」
「生理食塩水とガーゼをとって」
「はい」
僕は処置台から物品をとって荒木先生に渡す。
「こうやって抜糸して創を開けて膿を出して中をきれいに洗う」
そう言うと、荒木先生は勢いよく創を洗った。患者さんは苦悶の表情を浮かべている。
「次にガーゼで中をきれいに拭く」
鑷子(せっし)でガーゼをつまむとこれも勢いよく創に押し込む。患者さんはまたもや苦悶の表情になる。中に入れたガーゼを取り出すと膿で汚れていた。
「生理食塩水で洗うだけだとどうしても奥が洗えないから、こうやってガーゼで洗わないといけないの。やってみて」
「はい」
僕は荒木先生から鑷子を受け取るとガーゼをつまんで恐る恐る創を拭く。
「そんな洗い方じゃダメ。手加減したらなかなか治らないよ」
「はい」
僕は少し強めにガーゼを奥に押し込む。
「痛い」
患者さんが悲鳴を上げる。
「もっとしっかり洗わないと」
荒木先生は僕から鑷子とガーゼを取り上げて、さらに奥に押し込む。