第一章 カンタレラ! カンタレラ! 一九一九年六月

アンカは、イタリア人の旅行かばんの方を見た。一つは大きな、もう一つは小さめのスーツケースで、彼の足元に置いてあった。そうしてから未亡人のほうを向いた。

「お客様がお持ちのかばんを、部屋の用意が整うまでの間、こちらで預かっていただくことはできませんでしょうか?」「もちろんですとも」ボスィリチチ夫人は紅潮して言う。

「もちろんですけど、この方に言っていただけませんか? 『深くお詫び申し上げます。付け加えまして、お客様は朝食を自由にお取りになれますし、外国の雑誌類や飲み物、葉巻を用意しているラウンジをお使いになれます。もちろん、すべて宿屋側の負担でお楽しみになれます』」

アンカはこれらの言葉をグリマルディに通訳したが、ボーイが彼の荷物をレセプションの後ろのスペースにしまおうとした時に、イタリア人は大きなスーツケースのみを預けて、小さい方を離さなかった。

「このかばんにはベオグラード訪問の成功がかかっているサンプルが入っています。そういうわけで、離したくないです」とイタリア人がアンカに説明する。アンカがその説明を訳すと、ボーイはただ肩をすくめて重いスーツケースを持って行った。

「ありがとう。お嬢様、ありがとう」アンカとグリマルディが食事をとるためにディナールームに入っていった時に、ボスィリチチ夫人は、背後からもう一度叫んだ。