くしゃみとルービックキューブ 5.
「悪い。いつも突然で。敬介が馬鹿やっちゃってさ」
「何したの?」
「喧嘩だよ。居酒屋で見ず知らずのおっさんとね。本人は酔ってたから全然覚えてないらしい」渋い顔で拓未は説明する。
「ふぅん」
うなずきながら、岳也はドラムの敬介の顔を思い浮かべた。穏やかで物静かな敬介は、とても喧嘩をするタイプには見えない。やっぱ酒は気違い水だな、と岳也は思う。
岳也自身はアルコールをまったく受けつけないので、そういう心配はない。練習が始まる。ボーカル拓未のオリジナル曲だ。以前、欠員補助でベースで参加したとき、拓未にこう言ってみたことがある。
「間奏部分にくしゃみ音を入れてみたらどうかな。凄く締まると思うけど」
「ええ?」拓未は露骨に顔をしかめた。
「嫌だよ。どこの誰かも分からないくしゃみだろ?」
「じゃあ自分のならいいの?」
「そういう問題じゃなく」拓未はフッと笑った後、ふいに真面目な顔になった。