くしゃみとルービックキューブ 5.
岳也は鼻歌をうたいながら、ぶらぶらとスタジオに向かって歩いていた。
友人がやっているバンドのドラムが腕を骨折して練習ができないから出てくれないか、と急遽頼まれたのだ。岳也は初見がきくし、バンドの楽器を一通りかじっているので、突然でも特に支障はない。そこを見込まれて、欠員を埋める役を今まで何度もこなしてきた。本番のステージにだって出たこともある。
途中の急な坂道を上りきって、岳也は顔を上げた。歩道の柵にとりつけられた小さなカゴに目をやる。カゴの中には色とりどりのキャップが入っている。岳也は毎回なんとなくカゴの中をチェックしてしまうのだった。
「ボトルキャップ回収箱発展途上国の子どもたちへ『ポリオ』などのワクチンを送るため、ペットボトルのキャップを集めています。ワクチンさえあれば命が助かる子どもは世界で六千人にも達しています。ボトルキャップ二キログロムで約一人分のワクチンが購入できます。みなさまもボトルキャップの回収にご協力いただきますよう、お願いいたします」
そんな説明書きが、カゴの側面に貼りつけられてある。初めてそのカゴを発見したとき、岳也は感心した。
世界の恵まれない子供達を救おうという善意に感心したのではない。ペットボトルのキャップがワクチンに変わるという意外さに感心したのだ。世界は複雑だ、と岳也は思った。複雑に絡み合っている。