第一章 カンタレラ! カンタレラ! 一九一九年六月
ボスィリチチ夫人は、顔が赤くなっていき、眼がギョロギョロ動き回っているその男前の客を見て気を揉み、落ち着くことはできなかった。それから若きラヘラ・クロムバヘルの姿をとらえた。ラヘラに扮するアンカは、数メートルほど離れた階段の下にためらいがちに立って、この奇妙な光景を興味津々と眺めていた。
女主人は、その女性客が自分に言ったことを思い出した。数年は夏をトスカーナ地方で過ごしたことがあるということを。女主人はひらめいた。
「モメナト・サモ(ちょっとお待ちください)。お客様」
女主人はグリマルディにセルビア語で言う。グリマルディは明らかに怒り、その眉毛は鼻の上でくっ付いてしまった。
「モメナト……モム……モメント! すみませんが、クロムバヘルさん」
「はい?」
アンカが上品な眉毛を持ち上げて言う。
「あなたは、ええ、イタリア語を理解されますね?」
「いくらかできますが」
そのヤングレディが答える。
「どうなさいましたか?」
「この方はたった今、イタリアから到着されたところなんです。今日から十五日までの予約をされています、それは確かにそうです。でも、お部屋が空いていないことをこの方に説明することができません。午後二時になったら、お部屋に案内することができるんですが」
アンカは、微笑みながらレセプションに近づいて行く。取り乱していたグリマルディは、まず女主人を見て、それからアンカを、そして再び未亡人を眺めた。
「スクザーテ(すみませんが)」
アンカがグリマルディにイタリア語で話しかける。
「おかみさんが、私にあなたとの会話を助けてほしいと頼みましたのよ。私は少しですけどイタリア語を話せますので」
「オー・ミオ・ディオ(おお神様)」