生命の崇高と人体構造の神秘を描き切る傑作。
ほぼ100日、約3カ月におよぶ正統解剖学実習。死者と向き合う日々のなかで、医学生たちの人生も揺れ動いていく。目の前に横たわる遺体(ライヘ)は何を語るのか。過去の、そして未来の死者たちへ捧ぐ、医療小説をお届けします。
第一部
田上が続けた。
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「もし、国試を断念すると、他の学部卒よりも厄介らしいよ。普通の学部が4年のところ6年だから、2歳余分に年食っているし、医師免許が無ければ医者に成れないし、医学部を出て医者に成れないなんて、余程おかしいと思われるらしい。方向転換したくても年取っている分、他にどこにも行くところがないらしい」
「医師国家試験なんて、新聞を見ると80だの90%の合格率って書いてあるじゃないか」
思わず、僕も割って入った。
「普通にやってりゃそんなに難しい物じゃないんだろう?」
僕はどこのクラブ活動にも属さず、情報では間違い無く不足していた。
「いや、そんな甘いものじゃないらしい」
解剖に集中しつつも田上が参加した。
「卒業試験で疲弊しているところに、国試があるんだから、卒試で追試が連続すると、国試を勉強する時間も体力もないらしい」
「しかも医学は進歩して内容が変わるから、国試を失敗すればするほど合格が難しくなるらしいですよ。3回失敗すると本当に危ないらしい」
高尾が付け足す。僕は思わず、殴られたような気がした。
「第一、誰もが国家試験を受けられるわけじゃないんだもの」
なおも高尾は落ち着いて言った。
「と言うと?」
僕は驚いて聞いた。田上、高久も注意を向けている。
「あの合格率の数字は、いわば選抜された受験生に対してのものなんですよ。あの数字でその大学のレベルが判定されるから、大学としてはなるべく高い数字を出したい。だから受かりそうもない生徒は卒業試験で留年させて、受かりそうな生徒だけ受験させて釣り上げた結果の数字なんです。それが証拠に、うちの大学でも卒業までに4、5回ほど成績判定会議なんかで振り落とされるんですよ」