第一部 八荘源
第二章 青春の宴
四
言葉は魔法だという人がいる。
あるようでない。ないようである。
いくら使っても人の心の中は正確には表現できない。
けれど、使わなかったら全くわからない。もしかしたら、恋という言葉もそんな言葉かもしれない。使ってから、言葉の薄皮を一枚一枚そーっとはぎ取っていって、はじめて何かが残るのかもしれない。
香奈は恋に落ちていた。
もちろん、香奈はそれまでにも特定の男性に思いを寄せたことがある。中学校の時に、いつも電車で一緒になる男の子が好きだった。小学校時代の同級生にひそかに憧れて、当時のアルバムを自分の部屋で誰にも見つからないようにこっそりと眺めていたこともある。
今度の恋はそれとは違っていた。
合コンがあった日、家族と一緒に食事を済ませてから寝ようとして自分の部屋にいった。一人になって服を脱いだとき、なんだかひどく重苦しい感じがした。風邪でも引いたのかな、と香奈は思った。その日はそのまま休んだが、夜更けまで合コンの時の情景がいろいろと浮かんできて、寝付かれなかった。
次の日。朝起きたとき、なんだかいつもと景色が違って感じられた。感覚が鋭くなっている。
学校で香奈はいつになくよくしゃべった。どうしたの、と何人かから聞かれた。茜に会って、昨日の話をした。茜は風間の芝居を見に行くのを楽しみにしていた。
ふと、「小林さん、昨日いじめられてかわいそうだったね」と香奈は言った。口に出したとたん、小林の話をしたがっている自分に気がついた。このとき初めて香奈は自分の心に気がついてギョッとした。