第2章 社会
地方への赴任
1か月の研修予定であったS君が「もう少しここで研修したいです」と切り出したのは研修の終わり頃でした。「大学の許可があれば何も問題ないよ」と答えたのですが、S君は渋る大学の研修担当者を説き伏せ再びやってきました。
今度は2か月です。その時からほぼマンツーマンの研修が始まりました。毎朝、毎晩S君は研修の報告に来ます。化石医師も自分の持てるものは全て伝えるつもりで接しました。
わずか2か月の間にS君は上部消化管内視鏡検査、下部消化管内視鏡検査とポリープ切除、化石医師の一番の専門である胆膵の内視鏡検査および内視鏡的総胆管結石治療まで一人でできるようになりました。さらに食べられない高齢者に対して行う中心静脈栄養および静脈ポートの埋め込みすら、安心して任せられるようになりました。いずれも通常はもっと長い期間でマスターする技術です。
さらに素晴らしいことは化石医師の指示の下、ある臨床結果をまとめて論文にしたことです。学問ばかりではありません。休みには一緒に海釣りに出かけたり、化石医師の得意なそば打ちも経験しました。
こうしたS君を評価して化石医師は優秀な研修医にいつも贈呈する聴診器をあげました。S君の素晴らしいことはあげた翌日に「頂いた聴診器使っています」とわざわざ見せに来たことです。
さてこのように素晴らしい研修をしたS君は研修の終わりに「ここは大好きです。教授の許可があればいつでも来ます。是非教授を説得して下さい」と言い終えて去って行きました。
地域医療を考える中で医師の偏在が問題になっています。自治医大だけでは機能せず各大学医学部に地域枠なるものも設置されました。
しかし最も困っている現場の人間にとってはどれだけ解決の道になるか疑問が残ります。さらに新医師臨床研修制度の導入頃から強化され始めた専門医制度も医師の地方への赴任の障害になると考えられています。