くしゃみとルービックキューブ

2.

スタッフには、なぜか女性が一人もいなかった。厨房もホールも、すべて男で固められている。ウェイターは洋一の他に三人いて、その中に岳也がいた。ミュージシャンを目指している岳也のように、他の二人も何かしら夢に向かって密かに活動をしているようだ。

洋一には、将来の夢というものは特にない。ただ漠然と、心に思い描いている夢物語ならある。白い皿に芸術的に盛りつけされた料理やデザートをテーブルまで運びながら、洋一は、店にいきなり母親と妹が入ってくるところをしばしば夢想する。

想像の中の二人は、店の雰囲気に合ったおしゃれをしている。母親は……そう、すっきりとしたツーピースを着て、スカーフなんかを巻いている。妹は、わずかに茶色がかった髪をゆるく巻き、花柄のワンピースを着ている。後ろにリボンがついているワンピースだ。

洋一は柱の陰から二人を盗み見る。二人がこの店の雰囲気にぴったり合っていることを、内心誇らしく感じる。二人は洋一に気付かず、すぐ近くを通り過ぎる。そして窓際の席につく。

グラスとメニューを持って、ドキドキしながら洋一はテーブルに近付いていく。二人は微笑を浮かべ、何か話している。なごやかなムードが漂っている。

いらっしゃいませ、アンフィニにようこそ。マニュアル文言を洋一が述べると、二人はそのとき初めてまともに洋一の顔を見る。そして同時に、あ、という顔をする。洋一の胸が歓喜に震える。

「──洋一……?」
母親が驚いたような声で言う。
「おにいちゃん……?」
妹も、澄んだ目でまじまじと洋一を見る。ああっ、親子、兄妹の感動的再会! 事態を察した店長が、洋一の背中を押す。

「今日はホラ、特別だ。おまえ一緒にあのテーブルで食事してきていいよ。積もる話もあるだろ」