第一部

序章 はじまり

気がつくと、自分の班のメンバー全員がそろって、テーブルを囲み、白い布をかぶった物体を挟んで向き合っていた。田上、高尾、高久、自分。4人は自然に白い固まりと、お互いを交互に見つめ合った。

おそらく誰もが、死者とこれ程身近に接するのは初めてだろう。まして、これから3カ月ほどの間、特別な付き合いが始まるのだ。軽薄な者、お喋り、お調子者もいるクラスだが、今は誰もが等しく緊張し、押し黙って成りゆきを見守っていた。

教官たちが、最後にゆっくりと一番奥へ向かって歩いてゆく。皆が視線を送る気配が入り口から順に、水面に投げた石の波紋が広がるように、伝播していった。広い室内の奥から最前列まで、教授はゆっくりと歩いて、黒板の前に立った。両脇に富田助手と絹川助手が控えた。絹川助手は女性だ。

一同をゆっくり見渡し、幽かに微笑んでから、教授は口を開いた。

「それではこれから正統解剖学実習に入ります。最初に言っておきますが、言うまでもなく人体を解剖するというこの実習は、医学部に独特のもので、こういう機会は二度とないことですから、心して取り組むように」

僕は白い布に被われた塊にちらっと視線を走らせた。そこに有るはずの御遺体は、無言でそこに有り続けて、何かを待っている。

高本教授の、実習前のいくつかの注意が続いた。

「御遺体は或る期間を保存液につけてあって、それで手がかぶれることがあるので、必ずゴム手袋をするように」
「メス、脳刀などの特殊な切れ味の刃物を使う事が有るので、細心の注意で扱い、怪我をしないように」
「奇特な故人の意志を尊重して、くれぐれもそれに報いるように。また、失礼のないように」