第1作『ブルーストッキング・ガールズ』
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
「いい加減にしなさい」
喜久はポンと晴の頭を叩いた。
「ねー、私からもお願いするわ。私、美津さんと何かやってみたかったのよ」
美津は、机の引き出しから帳面を取り出して喜久に渡した。『想い』と表紙にきれいな字で書かれている。
「短歌ね……こんなにたくさん。“野よ 山よ 我は悲しく俯けど 春は近づき 萌えいづる時”……いいじゃない!」
喜久はため息をついた。
「やっぱ違うわ、美津さんは。すてきよ」
「下手くそよ。恥ずかしい」
「こんな調子で、じゃんじゃん創っちゃってよ」
勢いづいて晴が言う。
「じゃんじゃん……そんな……」
紫の風呂敷を大事そうに抱えて多佳がやって来た。晴と喜久は、期待するように迎えた。多佳は正座すると、友達の顔を一人ひとり見渡して厳かに言った。
「ごめん、遅くなっちゃって。紅林先生の原稿、頂いてきたわよ」
晴が原稿を引ったくるようにして、声を上げて読んだ。
「ほんと! 先生の字って本当にきれいね。……“日本の女性は凛としていなくてはいけない。背筋をぴんとのばしていなくてはならない”……私そのものよ」
「何言ってるのよ」
多佳は一息つくと急に真顔になって、
「ところでみんなに紹介したい人がいるのよ。トメさん入っておいでよ」
多佳が襖を開けると、煤(すす)けた野良着姿の少女がいた。美津たちと同じ年頃だ。
「尋常の友達、田中トメさん」
トメと呼ばれた少女は、おどおどしながらおじぎをして、部屋の隅で正座をした。尋常小学校の頃には、こんな子がたくさんいた、と美津は思った。何が起こったのか、何が起ころうとしているのか、少女たちは息をのんだ。
「どうしたの? 怯えているみたい」と晴は、さっきまでの元気がどこかに行ったように、小声で多佳に聞いた。
「実は、トメさん逃げてきたのよ」
「逃げてきたって?」
「人買いに、売られて……」
「えっ、……人買い!」