外科医を目指したきっかけ
「外来見学はしなくていいから、とにかく入れる手術には全部入って、できるだけ手術に慣れていこうか」
長谷川先生はそう言って手術予定表の全ての欄に僕の名前を書き込んでくれた。
「外科では決まった手順をその通りにできることが大事なんだ。そうすることで阿吽の呼吸が生まれる。逆に1人でも手順を覚えていないとスムーズにいかなくなる」
僕は手術に入っては必死で手順を記憶し、終了後にノートに書き留めた。
「違う、先にこうするんだ」
「前の手術で誰かそんなことをしていたか」
しかし、手順をそのままなぞるのは難しかった。手術に入るたびに怒られた。
「執刀する先生によっても好みがあるんだ。手術中は執刀医が絶対だから執刀医の好みも知っておかないといけない」
長谷川先生はそう教えてくれた。
(通常の手順を覚えるだけでも難しいのに、先生ごとに違うなんてどうしたらいいんだ)
途方に暮れながらも、なんとか必死に食らいついた。
「外科研修が始まって1ヶ月が経ったけどどう?」
「一生懸命やってはいるのですが、なかなか難しいです」
「でも山川君、楽しそうだよね」
「はい、楽しいです」
これは本当だった。手術に入るたびに怒られるし、努力してもなかなか実らない。でも手術は楽しかった。
「山川君は外科に向いているよ。とにかくひたむきなところがいい」
「いや、でも全然上達していないので」
「そんなことはないよ。糸結びがここまでうまい研修医は見たことがないし、ほかの先生も山川君を評価しているよ。一生懸命やっているから教え甲斐もあるしね」
「ありがとうございます」