1 「すぴなっつおら」誕生秘話

ローマの平日?

「アルフレードスピザの店」という大きな看板が掲げられているこの店は、イタリア人料理家、アルフレードス・トリオロ氏率いるレストランシステムズのひとつでした。

この店のオーナーはさまざまな事業を手がける実業家ですが、食品業界は未知の世界だったのです。二か月ほど、リハーサル営業と称してひっそり開店の真似事をしてみたものの、人材育成に伴う諸々の問題が噴出して思案投げ首。そこで、私の出番となったのです。

実は私も、六本木でただ一度だけ食べたピザが心に残り、もう一度もう一度と思いながら忙しさにかまけていたところへ、突然飛び込んできた大根駅にあるというピザハウスの話。

「そうですね。では、まぁ助け舟契約ということで」と、わかったようなわからないような返事をした私ですが、本当はとても興味深く、この時点で私の心はイタリアへと飛んでいってしまったのです。

なんてすてきなんでしょう、地中海一周の旅――。まずはモナコ、それともフィレンツェ。やっぱりローマ、ローマの休日、オードリー・ヘップバーン。トレビの泉、ナポリもいいわ。でも、本当にそんなことできるかしら。できる、できる。できないことなんか何もない。生涯私は向こうで暮らそうかしら……

と、夢はふくらんでいくばかり。

私は潰れかけた会社を拾い上げては立て直し、経営が安定すると興味を失ってしまう、という変な癖がありました。そこで、大きくした会社をさっさと他人に譲り、新たに面白そうな仕事を探すのが常でした。

そういう経歴を見込まれて、店の切り盛りと人材育成をまかされたのですから、店を軌道に乗せるのが私の仕事なのです。

応援団として派遣されたアルフレードス先生の門下生三人は、この店の開店を見届けたうえで、次の店舗のサポートに行かなくてはならないのです。開店まで一週間を残すのみ――。どう考えても時間が足りません。

イタリアの応援団がいるうちに、ピザ作りの技術はもちろん、何でもかんでもありとあらゆるものを吸収しなければなりません。そこで、時間外の特別講習会を設けることになったのです。

スタッフ全員が参加して、アルフレードス組もたじたじの大賑わい。調理室は連日、粉やチーズやピザソースが舞い上がります。そんななか、スタッフの一人がふと、こんなことを言い出したのです。

「本当にだいじょうぶかしら。こんな田舎の片隅でピザなんか、本当に売れるのかしら」

「本当にじゃありません。本気でそんなことを言っては困ります。その発想は大間違いです。たしかに、この地はひなびた片田舎です。でも、こういうところからチャンスが生まれるのです。みなさんの作ったピザが、あるいはこのイタリアンカレーが、海を渡って世界に飛び出す日が必ず来るのです」

「へぇー。そうですか」

「そうですか、じゃありません。本当です。必ず来ます。見ていてください。そう思えばそうなるのです」

こうして上を下への大騒ぎのなか、おさおさ怠りなく開店の準備も整いました。砂ぼこりにまみれながら立ち並ぶ開店花輪の贈り主は、一流企業のお歴々や国会議員に法律家。オーナーも頭をかきかき「どうもどうも」と、山ほどの来客で賑わうのをよそに、裏方や調理場は修羅場となったのです。