1 「すぴなっつおら」誕生秘話
ローマの平日?
コーヒーミルに指を突っ込んで大怪我をする者、洗い場に入ったまま一日中抜け出せずに腰を痛めて入院する者、朝から晩までレジに張り付かされて食事もできずに「もうこりごりです」と、一日で辞めてしまう者、忙しさのあまり米を研がずに火にかけ、炊き上がったぬか臭いご飯を「ダメだ」とそのままゴミ箱に捨ててしまう者。大量のお皿といっしょに階段から転げ落ちる者。それを見ていたお客さまは「アラーッ」と叫んで帰ってしまいました。
正直者の学生バイトは、「お客さま、コーヒースプーンが足りないので、早くかき回して次の人に渡してくださーい」と、カウンター越しに大声を張り上げています。コーヒー豆を挽かずにドリップしてしまう者も出る始末。
こうして一か月、二か月、そして三か月……。当初十二人いたスタッフは半分になってしまったのです。
そんなある日、昼になっても出勤してこない鈴木君。見に行くと、なんとアパートはもぬけの殻です。テーブルの上にはこんな書き置きが。
「吉川社長、ぼくは東京の会社が心配です。東京に帰ります。悪しからず、鈴木」
ウヘーッ! まさか、いや、さもありなん。なんとも複雑極まりない心境でした。いやはや、私としたことが……。
私は、幼いころから食にかかわる仕事をしてみたいと思っていたので、特に違和感もなくこの店に飛び込みました。興味があれば何でもできるものです。
実際、行ってみなければ何も始まらない。やってみなければわからない。考えていても何も生まれない。
よし、行こう。
そして、ささっと仕上げて東京に帰ってくればいい、あわよくばイタリアへと簡単に考えたのです。