【第11回】で紹介したイロハを守って魔法の言葉を使うと、上司は「こいつは俺の言うことをちゃんと聞いているんだな」と思ってくれるはずだ。人は自分の話を聞いてくれる人に頼りたいもので、上司も例外ではない。こう思ってもらえたら、あなたが上司の仕事を奪おうと近づけば近づくほど、機嫌よく仕事を任してくれるはずだ。
また、「ありがとうございます」というプラスの言葉を使っていると、潜在意識がプラスに働くようになってくる。潜在意識がプラスに働くと、指摘された内容が記憶に定着しやすくなる。なので、自然とあなたの業務スキルのレベルも上がるし、何年か経ったのち、その上司に「あの時に、〇〇とご指摘くださったこと、今でもはっきり覚えています」と言えるシーンがいつか来る。きっと上司は、あなたが想像する以上に喜んでくれるだろう。そして、その後のあなたにとって、強力な味方になるはずだ。
③ 仕事を見てもらう仕組みを作る
そして、上司から仕事を任してもらえるようになるには、まずはどれくらいの仕事を引き継げるかを上司に把握しておいてもらう方がいい。かといって毎日いちいち口頭で伝えるわけにはいかない。てっとり早くわかってもらうには、今自分が抱えている仕事を上司に見てもらう仕組みが大切だ。
仕組みといっても難しく考える必要はない。Googleカレンダーなどで自分のスケジュールを共有したり、机の上に業務進捗がわかるノートを開いて置いたりするなど、自然に上司の目に止まるところにある状態にすれば、勝手に見ておいてくれる。言い方を変えると、見ざるを得ない状態になる。これが仕事を見てもらう仕組みだ。ちなみに僕はノート派だ。ノートにいっぱい書き込んである方が、より大変さ加減が伝わるからだ。アピールが大事なので、細かい仕事も書くことをオススメする。
例えば、何かの要件で取引先に電話する、なんてことは軽視されがちだけど、とても大切な業務のひとつだと思う。なので、僕の場合は今でもGoogleカレンダーにいつ、誰に電話するか、といったことも記録しておく。こういう誰もがやるような小さい仕事はToDoリストにわざわざ書かない、という人もいると思うが、スマートゼネコンマンであればこそ、こういう細かい仕事にも真摯に向き合い、大切にするべきだと考えている。むしろ、小さい仕事だから丁寧に扱うのだ。その姿勢を上司に見せることで、上司からの信頼も強まる。小さな有言実行を積み重ねることで、やがて大きな信頼を勝ち得ることができる。
形見をもらう
縁起の悪い言葉選びで申し訳ないが、上司との付き合い方を締めくくるにあたって、是非これをお伝えしたいのでどうかお許し願いたい。
僕がゼネコンに入社して、図面係として初めて現場に配属された時の上司は、僕が生涯出会った上司の中でもとびきり豪快な人だった。定時になると「時間だー、仕事やめろー、飲むぞー」と言って、まだ図面を描こうとしている僕にビールを渡してくることもあった。そうかと思えば、「図面は心だ」と情熱的なことを言ってみたり、気分がすぐれない時は会議を中止したりするのに、集中している時の作図というか、能力はとても精密で非の打ち所がない。当時はまだ素人の僕でも感動するほどの仕事ぶりを見せる、とにかく豪快な人だった。
この現場に僕がいた期間は、わずか6ヵ月間だったが、もともと恰幅のよい体形だったこの上司は、僕が配属されてから3ヵ月後くらいだろうか、病気を患ったようで、体が日に日にやせ細り、精神的な影響も大きく、これまででは考えられない行動をとったりするようになり、やがて出勤することもなくなった。亡くなったことを聞かされたのは、それから1年たってからだったように記憶している。
この上司から譲り受けた30cm定規を、僕は今も愛用している。なかなか出勤しなくなってからほどなく、会社も異常を察して対処したのだろう、この上司が異動することになった。そして、現場の荷物をまとめて異動先に送るために久しぶりに出勤してきた上司から指示を受け、僕は荷造りを手伝っていた。荷物や書類を整理しながら、次々と出てくる精密なスケッチや使い込まれた道具の数々を目の当たりにして、改めて上司の仕事ぶりに感動していた。
その時僕が見つけたのは、まだあまり使っていなさそうな30cm定規だった。建築専用ということでもない、何の変哲もない、普通の定規だ。だけど、いかにも使い勝手が良さそうで、冗談半分で「これください」と言ってみた。すると、「その定規は、何年か前に引退した先輩からもらった定規で、今使っている定規が古くなってきたら使おうと思っていたけど、これからの未来ある若者に使ってもらった方が嬉しい」と言って頂き、僕はこの30cm定規を譲り受けることになった。
その日からこの上司には会っていないし、亡くなってしまったので、その30cm定規を使って書いた図面を上司に見せることはできなかったが、後任の上司にも、協力業者にも僕の図面は褒められるようになった。
自分にとって何かしらの思い入れがあるものを誰かに譲る時、僕自身がそうする時は、その相手に少なからず期待して譲る。期待できないような相手に渡すことはないだろう。もちろん、渡した後はその相手のことを気にかけ、助けたくもなる。ある意味、上司にしても職人にしても、誰かから何らかの仕事道具を譲り受けるということこそが、その相手を最強の味方にできる方法なのかもしれない。
冗談半分ではあったけど、あの時もし自分から言い出してなかったらこの30cm定規が僕の手に届くことはなかった。待っていてもチャンスはつかめないことの方が多い。普段あまりコミュニケーションの取れていない上司に対してならなおさら、そんなチャンスをつかみにいくことも想像できないかもしれないが、勇気を出して「それ、くださいよ」と言ってみると、きっと何かが変わるはずだ。
そしてもし、ちゃんと譲り受けることができたら、今度はあなたがその道具に思い出をこめていかなければいけない。その上司が引退し、あるいは亡くなったとしても、その思いを引き継いでいかなければいけない。そうやって伝えられ続けてきた情熱は、いつの時代も高い成果を生み出していく。
ちなみに、大切なモノを譲り受けたいと思えるような上司に出会えていない。あるいは、上司のようになりたくないと感じている人もいるだろう。いつか運命の上司に巡り合うかもしれないが、いつ来るかもわからないものに期待するのも辛いと思う。
ただひとつ言えるのは、あなたが尊敬できないその上司は、恐らく「夢破れた」人である可能性が高い。しかし、そういう人を見てげんなりするだけでは、あなたもいつか「夢破れる」可能性があるかもしれないのだ。そうではなく、何かの縁あってこの本を手にとっていただいたあなた自身は、上司を反面教師に、本連載で紹介した心構えや取り組みを実践し、スマートゼネコンマンとなって夢をつかみとってほしいのだ。