第2章 職人との付き合い方
多い時には100人を超える職人が働く建設現場をまとめるのが現場監督だ。その職人たちとどう付き合うかが、直接現場の成果を左右することは言うまでもない。でもこれがなかなか、一筋どころか、二筋縄でもいかないくらいだ。
まず職人は、中学を卒業して職人になったような叩き上げ、高校を中退した人や大学卒業後に職人を志した人、転職して職人になった人など、様々な経歴の持ち主が集まっている。僕が知り合った職人の中には、かつては相当なやんちゃをしていたであろう人もいた。
僕の世代でとても流行った、Dragon Ashの『Grateful Days』という歌の中に、「悪そうな奴は大体友達」というフレーズが出てくる。正に、そんな感じの人たちだ。このように多種多様な経歴ではあるものの、総じて、職人は世間の流れになじむことが苦手だったり、不器用な人や、シャイな人など、コミュニケーションの苦手な人が多いというのが僕の印象だ。
これに対して現場監督は、高校や高専、大学を出て、就職活動を乗り越えてゼネコンに就職してきた、というような、世間一般的な多数派の人生を歩んできた人がほとんどだ。
そんな多数派の人間が現場監督になり、いきなり自分とは対照的な人生を歩んできた人間(しかも入社間もない頃は、ほとんど年上の人)とコミュニケーションを取る。想像するだけで不安になる人もいるだろう。また、監督である以上は職人より上の立場になる。
職人は、「監督さん、これどうしますか?」と敬語で聞いてくるため、そこで自分が偉いと勘違いする人もいる。勘違いしてしまった現場監督の場合、早い段階で職人が言うことを聞かなくなる。人間、誰しも上から目線で高圧的に指示されると、心のどこかで素直に応じたくない気持ちになる。それが年下からとなれば尚更だろう。
でも、偉いという立場に溺れた現場監督は気持ちがいいので、どんどん偉そうに言ってしまうのだ。職人が言うことを聞いてくれないとなれば、現場は思うように進まない。予定していた通りに工事が進まなかったり、設計図面と違うような工事になってしまってやり直しが発生したりするなど、多くのムダに繋がる。現場全体の工期遅延という最悪の事態になれば、会社としては大きな損害だ。
たった一人の現場監督が「自分は偉い」と勘違いしてしまったために、現場全体にとっても良くない影響が起こりうるのだ。
スマートゼネコンマンの場合、まず職人の価値観を知ることから始める
相手はどんな考え方なのか、何をモチベーションに働いているのか、趣味は何か、そんな事を知ろうとする。どうやって価値観を知ればいいか、わからなければ職人たちの休憩所である詰所に行けばいい。詰所には職人の情報がぎっしり詰まっている。
それも難しければ、道具や身につけているものを褒めてあげることだ。そこから、どんなこだわりがあるか、どこで買ったのかなど、結構喋ってくれるはずだ。職人は、教えたがりなのだ。この、「教えたがり」という性質をつかめば、質問しやすくなる。
現場でわからないことがある時、上司に聞いてみても忙しいのか適当に返事をされたり、ひどい場合は自分で調べろ、と怒られた経験はないだろうか。教えたがりの職人を見つければ、そんなことは絶対ない。むしろ、聞いてないことでも教えてくれる。
そして、職人とのコミュニケーションを深めるには、やっぱり飲みニケーションが欠かせない。京セラやKDDIを創業し、困難と言われた日本航空(JAL)の再建をわずか2年で軌道にのせた日本屈指の経営者である稲盛和夫さんも、京セラが成長した秘訣として飲みニケーションの重要性を語っている。
お互いを知り、心の通じ合う人間関係を築くことが組織成長の重要な鍵であり、そのためには上下関係なしに、一緒になって食事をし、お酒を飲みながら語り合う場が重要なのだ。お酒を飲むと、本音が出やすくなるから、普段は話してくれないようなことも、話してくれる。もちろん、酔った勢いで耳をふさぎたくなるような厳しい指摘をされることもある。けど、それこそが職人の本音なのだ。本音を隠したまま現場を進めるのと、辛くても本音をぶっちゃけ合い、お互いの思いを知った上で現場を進めるのとでは、トラブルがあった時や、現場のふんばり時の対応に大きな差が出るのだ。
もちろん、お酒が飲めない人なら、無理に飲む必要はない。基本的には、一緒にご飯を食べるってことが大切だ。だから、どうしても雰囲気が苦手だったりして夜の宴席に付き合いたくない人なら、昼ご飯を一緒に食べに行ってもいいと思う。それも嫌なら10時の休憩、15時の休憩に、その職人のお気に入りのコーヒーを持っていってあげるだけでも、コミュニケーションは飛躍的に前進する。
ここでもやはり、「まず自分から」なのだ。若くてきれいな女性の現場監督なら、職人から勝手に声を掛けてくれることもあるだろうけど、仕事となれば別だ。例えかわいい女性監督からの指示でも、嫌なものは嫌というのが職人だ。もちろんそこに男女の区別もない。男女問わず、自ら積極的にコミュニケーションを取って、職人の価値観を認め、活かす現場監督が最後には勝つのだ。
僕が新人の頃、鉄骨構造のオフィスビルを建設する現場で、火事の際にも建物を支える骨組みである鉄骨部材が燃えないよう耐火性の高い材料で鉄骨部材を覆う、耐火被覆の工事を担当した。かなり工期が厳しく、作業が徹夜になった日もある。そんな時、僕は夜中であっても休憩時間にコーヒーやパンを差し入れた。最初は全くそっけなかった親方が、いつのまにか工事の方法や工程の相談をしてきてくれるようになった。
この時初めて、「監督さん」ではなく、「中根さん」と僕を呼んでくれた。
人として認められたような気がして嬉しかった。
一連の耐火被覆工事が終わり、そのチームは別現場に移っていったのだが、半年後に追加工事が必要になり、急に1週間以内で仕上げなければいけない状況になった。
でも、耐火被覆チームはもういないし、担当の営業マンに電話してみても他現場が逼迫していてすぐには動けないと断られた。1週間で追加の全工程を仕上げるには、耐火被覆を遅くても3日以内にしなければいけない。作業量は少ないので、2~3時間もあれば終わるのだが、職人側のミスでもないのに他の現場を無視してでも来てくれ、とは言えない。
困り果てていたその時、うちの現場を担当してくれた親方から、たまたま別の用事で僕に電話があったのだ。親方の用件に応えた後、追加工事が発生してとても困っている現状を打ち明けてみた。すると、何と翌日の夕方、他現場が終わった後に駆けつけてくれたのだ。
会社には無理しなくていいと言われたにも関わらず、僕の現場のためと説明して出てきてくれたのだ。そのおかげで無事、追加工事も完成し、工期通りに竣工を迎えることができた。職人との付き合い方が違っていれば、耐火被覆工事が間に合わず、竣工は遅れていたかもしれない。