一
私達は、『ココ』でお昼に会うだけで、電話をかけたりはしなかった。神矢が取材の仕事で来られない時は、マスターが伝言してくれた。
神矢に会えない日は、コスタリカコーヒーをすすりながら、私は彼の事を考えた。友達以上、恋人未満なんて言い方を聞いた事があったが、それとは少し違う。兄だと思ってくれと言われたが、それも何か違う。
でも、わかっているのは、会うのが当たり前になっていて、楽しく、リラックスできて、会えないと、ひどく淋しく思われるという事だった。それだけ、彼が私を理解してくれているという安心感があった。
彼の醸し出す空気は、本当の包容力だった。私はそれに甘え、どこか依存し始めていた。男性にこんなに心を開いたのは、初めてで、自分でもよくわからない感情だった。それなのに、私は神矢の事をどれだけ理解しているだろうか……。
彼は自分の事を殆ど話さない。私もあえて聞いたりしない。どんな生活をしているのか、何を目指しているのか、なぜ結婚しないのか。会うのはいつもお昼の『ココ』だから、彼が酒を飲むのかさえ知らない。
私は彼の事をもっと知りたいと思った。でも会うと、何を聞いたらいいのかわからないまま、結局彼のペースで会話が流れ、一時間はあっという間に過ぎるだけだった。
彼が初めの頃に誘った週末のデートをしたらどうだろうか……。そんな事も考えるようになった。でも、私の根深い男性不信のせいか、ためらわれ、堂々巡りをして、結局その勇気までには至らなかった。
五月が過ぎ、六月が過ぎ、七月が過ぎた。まだ三カ月だけだったが、私達はもう何十年来の旧知のような関係になっていた。八月になって、神矢が言った。
「明日、広島へ行くよ。あさって六日の平和記念式典を取材する。そのあと長崎へ行って九日の平和祈念式典も取材する。そのあと、鹿児島の知覧へ行って富屋食堂を見てきたいと思っている。知ってるよね?」
「えぇ。特攻隊員の若い人達が集った食堂でしょ?」