「いいですか」
あの夜と同じ言葉。よし子は頷いた。今度は迷わなかった。
雅彦の手が着物の帯をほどいた。よし子は目を閉じた。肌に触れる指先がいとおしくて、涙が止まらなかった。
「泣かないで」
「嬉しいから泣いてるんです。馬鹿」
雅彦が笑った。涙声の笑いだった。
2人は激しく求め合った。離れていた時間を埋めるように。二度と手放すまいと刻み込むように。よし子は雅彦の名前を何度も呼んだ。声が枯れるまで。
すべてが終わった後、よし子は雅彦の腕の中で天井を見つめていた。汗が引いていく。雅彦の心臓の音が耳に響いている。穏やかで、力強い鼓動。この音を聞いていると安心する。この人が生きている。隣にいる。それだけで十分だった。
「ねえ、雅彦さん」
「ん」
「旅館のこと、明日から一緒に考えましょう。2人でなら、きっと何とかなります」
雅彦がよし子の髪を撫でた。
「何とかなるかな」
「なりますよ。だって――」
よし子は雅彦の胸に頬を押しつけた。
「私たち、これまでだって何とかしてきたじゃないですか」
雅彦は何も言わず、よし子を強く抱きしめた。その腕の力が、何よりの返事だった。
(やっと。やっと戻ってきた)
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次回更新は11月2日(月)、17時の予定です。
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