「私は……そのお気持ちには応えられません」
「分かっています。再婚されたんですよね。それも、ちゃんと分かっています」
「ごめんなさい」
「謝らないでください。勝手に好きだったのは僕のほうですから」
小野寺は眼鏡をかけ直し、無理に笑顔を作った。
「ただ、伝えたかっただけなんです。僕みたいな男にも、人生をかけて好きだった人がいたんだって。それだけ知ってもらえたら」
よし子は胸が痛かった。小野寺の気持ちに応えることはできない。でも、20年以上も想い続けてくれた人がいたということに、ただ胸が震えた。
「ありがとうございます。お気持ちだけ、受け取ります」
小野寺はチェックアウトし、帰っていった。車が駐車場を出る時、バックミラー越しに小さく手を振ったのが見えた。
その夜、よし子は雅彦に正直に話した。隠し事はしないと決めたのだから。
雅彦は黙って聞いていた。表情が硬くなっていくのが分かった。
「……そうか」
「私は断りました。はっきりと」
「分かっている。あなたを疑っているわけじゃない」
でも、雅彦の声にはどこか刺があった。
「ただ、あまりいい気分ではないかな」
正直な人だ、とよし子は思った。沙織の時の自分も、きっとこんな気持ちだったのだろう。
「ごめんなさい。でも隠したくなかった」
「いや、話してくれてよかった。ありがとう」
雅彦はそう言ったが、その夜はいつもより少し距離があった。背中合わせの布団の中で、よし子は目を閉じた。小野寺の告白が、静かな波紋のように2人の間に広がっていくのを感じていた。
(ごめんなさい、雅彦さん。あなたを傷つけてしまったかもしれない)
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