【前回の記事を読む】1970年11月25日、三島由紀夫は東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹…元「楯の会」会員が今も考え続ける、あの日の決起と死の意味
第一部 「楯の会」の三島由紀夫
序章
米国で起きた「文化革命」
文化革命は六〇年代に成功し、反ベトナム戦争、公民権運動、カウンターカルチャー、性革命、ヒッピー文化といった形で、若者たちの権威や伝統的価値観への拒否感が広がった。キリスト教に基づく伝統的慣習は破壊され、道徳心の崩壊が顕著になった。
「今やわれわれの世界こそ逆さまになってしまった。昨日の正義は今日の悪。不道徳で恥ずべき行為――乱交、中絶、安楽死、自殺――は称賛に値する進歩的行為になった。こうしたさまを、ニーチェはすべてにおける価値変化と呼んだ――旧来の美徳は罪悪に、罪悪は美徳に代わったと」(『病むアメリカ、滅びゆく西洋』)
さらに移民の大量流入によって、「アメリカは共通の価値観 歴史や英雄、言葉、文化、信仰、あるいは祖先――をほとんど持たない、ただの寄せ集め集団に変わろうとしている」と危機感を募らせた。
私は八〇年代末にニューヨークに赴任したが、アメリカ大陸を発見したコロンブスは侵略者、初代大統領のジョージ・ワシントンは奴隷主義者と呼ばれていることに驚いた。何やら日本の自虐史観に似ていると感じた。
ブキャナンは戦後の日本と欧米の状況についてもこう述べている。
「西洋におけるキリスト教精神の衰退と、日本における戦前戦後を貫く教義の死には、何か共通点があるのだろうか。国家がその使命感を失うとき、独自の民・文化を持つという国家を国家たらしめる理念を失うときが、国家滅亡、文化崩壊のときではあるまいか。私にはそう思える」(1)
ブキャナンの指摘は三島の決起の「檄」とも共通する。
檄では「われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ・国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎの偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た」「生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか」。檄はこの時代の変貌を喝破している。
こうした六〇年代の風潮を一身に受け止め、大衆社会の行き着く先を予言し、楯の会を通じて日本国民の自立の精神と武の伝統をよみがえらせようとしたのが三島由紀夫だった。
三島の予言通り、米国の文化革命は七〇年代以降、日本に伝播した。
まず、七〇年代には努力、勤勉といった日本社会を支えてきた道徳が崩れ、若者を形容する言葉として三無主義(無気力、無関心、無責任)が流行語になった。八〇年代には「性の解放」など個人の欲望を解放する風潮が広がり、既存宗教の権威が失墜した。
その空白を埋めるように新宗教が台頭し、オウム真理教のようなカルト集団が生まれた。